日本の城写真集

= 姫路城 (播磨国/兵庫県)=


世界遺産、国宝。三大平山城、日本百名城。天守以外にも多くの建造物が現存し、往時の城の姿を知ることができる。1580年に羽柴秀吉が毛利氏討伐の拠点とした。関ヶ原合戦後に池田輝政が天守を、本多忠政が西の丸を整備し現在の姿となった。




- 大手門 -
昭和13年に建てられた高麗門。江戸時代の門とは位置・形状ともに異なる。江戸時代の大手門は三重の門で護られていた。

姫路城 大手門

- 三の丸 -
三の丸から見る天守群正面。平成の大修理完了にあわせ、天守群前の木々が切り払われ、より天守群が見えるようになった。

姫路城 三の丸

- 菱の門 -
三の丸から二の丸への門で、桃山時代の様式を残す。華頭窓があるのが特徴。

姫路城 菱の門

- いの門 -

姫路城 いの門

- ろの門 -

姫路城 ろの門

- はの門 -

姫路城 はの門

- にの門 -
にの門は櫓の下をくぐって通り抜ける。天井が低く、槍をもった状態では通り抜けが困難。また天井から城兵が攻撃を仕掛けてくる。

姫路城 にの門

- ほの門 -
左の建物は渡り櫓、右の石垣上の茶色い細長いものが油壁(横から見ている)

姫路城 ほの門

- 腰曲輪渡櫓 -
腰曲輪の渡櫓の一番端。右側に櫓が続く。

姫路城 腰曲輪渡櫓

- への門 -

姫路城 への門

- との一門 -
城内の他の門とは異なり、門櫓は板張りで二階の窓は突き上げ戸となっている。置塩城の大手門を移築したとも言われる。

姫路城 との一門

- との二門 -
との一門から、との二門、との三門、との四門と旧坂に頑強な門を設けて城の護りを固めていた。現在との三門は無い。

姫路城 との二門

- との四門 -

姫路城 との四門

- ちの門 -
2本の柱を上に冠木を置き、腕木によって軒桁をささえ、切妻の屋根を置いたもの。

姫路城 ちの門

- 備前門 -
備前門脇の石垣には石棺が用いられている。築城の際、石不足のため当時姫山にあった古墳の石棺をこの石垣に使用した。

姫路城 備前門

- 水の一門~五門 -
水の一門。

姫路城 水の一門~五門

- 天守群 -
三国堀付近から見る天守群。左から乾小天守、西小天守、大天守。

姫路城 天守群

- 西小天守 -

姫路城 西小天守

- 乾小天守 -

姫路城 乾小天守

- 東小天守 -
東小天守と大天守

姫路城 東小天守

- 大天守 -
備前丸から見る大天守。備前丸と呼ばれるのは、姫路藩主・池田輝政の次男忠継が備前国を与えられたが幼少であったので、ここに住んでいたためと言われている。

姫路城 大天守

- 天守内 -
天守からの眺め

姫路城 天守内

- 帯の櫓 -
帯の櫓下にある、腹切丸への入口

姫路城 帯の櫓

- 腹切丸 -
帯郭櫓。この櫓は濠を渡ってくる敵を狭間から攻撃できる。

姫路城 腹切丸

- りの門 -
慶長四年(1599)の墨書が発見されたため、この時代の建物ということが判明した。

姫路城 りの門

- 太鼓櫓 -

姫路城 太鼓櫓

- ぬの門 -
ぬの門前の鏡石

姫路城 ぬの門

- リのニ渡櫓・リの一渡櫓・チの櫓 -
リのニ渡櫓。左に見えるのはぬの門。

姫路城 リのニ渡櫓・リの一渡櫓・チの櫓

- るの門(穴門) -
この門は石垣を穴を開けるように積んで門とした。

姫路城 るの門(穴門)

- 西の丸 -
内濠越しに見る西の丸。西の丸は千姫(徳川秀忠の長女)のための御殿が建てられた場所。千姫は大坂城の豊臣秀頼に嫁いでいたが、豊臣家の滅亡後、本多忠刻に嫁いだ。

姫路城 西の丸

- 西の丸カの櫓 -

姫路城 西の丸カの櫓

- 西の丸ワの櫓 -
ワの櫓から渡り櫓に入り内部を見学できる

姫路城 西の丸ワの櫓

- 西の丸ヌの櫓 -

姫路城 西の丸ヌの櫓

- 西の丸化粧櫓 -
姫路城主の本多家に嫁いだ千姫(徳川秀忠の長女)が使用した部屋と言われる。

姫路城 西の丸化粧櫓

- 中ノ門跡(外郭) -
中ノ門は中曲輪南側の正門。南に土橋と第一の門、枡形を左に折れ第二の門である櫓門を設ける形式であった。

姫路城 中ノ門跡(外郭)

- 鵰門跡(外郭) -
鵰門(くまたかもん)跡と読む。枡形の石が良く残っており、往時の様子が分かる。中曲輪南側の門で、中ノ門の西、埋門の東に位置した。

姫路城 鵰門跡(外郭)

- 埋門跡(外郭) -
埋門石垣。埋門は西は船場川に面し、門脇には中曲輪南西隅櫓が建っていた。枡形門だが、前方の石垣の高さは低い。

姫路城 埋門跡(外郭)

- 車門跡(外郭) -
中曲輪南西に設けられた門。車門は城の西側を流れる船場川に面し、また西国街道にも面する重要な門。二重の枡形による厳重な守りを誇った。

姫路城 車門跡(外郭)

- 市ノ橋門跡(外郭) -
市ノ橋門跡の石垣。市ノ橋門は中曲輪西側の門で、城の西側を流れる船場川に接する。方形の枡形門ではなく、変わった形をしていた。

姫路城 市ノ橋門跡(外郭)

- 清水門跡(外郭) -
鷺の清水井戸。石組み井戸の上に井戸屋形が建てられている。清水門の外門の内側にあり、赤松義村の時代(1520年ころ)からあったと伝わる。

姫路城 清水門跡(外郭)

- 北勢隠門跡 -
北勢隠門跡を外から

姫路城 北勢隠門跡

- 南勢隠門跡 -
南勢隠門跡を北から。城内を仕切る門があった。

姫路城 南勢隠門跡

- 久長門跡(外郭) -
久長門は中曲輪東側の門で、東向きの高麗門と櫓門を備える枡形門であった。

姫路城 久長門跡(外郭)

- 内京口門跡(外郭) -
内京口門跡の現在のようす。学校の門となっている。往時にはこの奥に櫓門を設ける枡形門であった。

姫路城 内京口門跡(外郭)

- 総社門跡(外郭) -
総社門跡西側の石垣

姫路城 総社門跡(外郭)

- 喜斎門跡 -
喜斎門跡の石垣。合坂が見える。

姫路城 喜斎門跡

- 天空の白鷺 -
三の丸から見る天空の白鷺。2009年から2015年の間平成の大修理が行われ、屋根の修理(瓦の交換など)、壁面の修理(漆喰の塗り直し)や耐震工事が施された。

姫路城 天空の白鷺

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