日本の城写真集

= 彦根城 (近江国/滋賀県)=


国宝、天守の現存する城。日本百名城。井伊直継が慶長8年(1603)に築いた城。徳川家康が大坂城の豊臣家を警戒し、豊臣軍の東進を阻止する目的で築かれた。築城に際しては、佐和山城、長浜城、大津城など近隣の城から建築物を移築した。




- 表門跡 -
表門前の木橋

彦根城 表門跡

- 表御殿 -
復元された表御殿。博物館となっている

彦根城 表御殿

- 大手門跡 -
大手門跡付近の内堀と城壁。城壁は水面部は石垣で、その上に土塁が築かれ、さらに上部が再度石垣となっている。

彦根城 大手門跡

- 登り石垣(表門付近) -
近寄って登り石垣を見る。登り石垣が斜面を登っているのが見える。

彦根城 登り石垣(表門付近)

- 天秤櫓・廊下橋(表門側) -
表門側から見る廊下橋。廊下橋は左側の鐘の丸と右側の太鼓丸を結ぶ橋である。

彦根城 天秤櫓・廊下橋(表門側)

- 天秤櫓・廊下橋(大手門側) -
天秤櫓下の石垣のうち、大手門側(写真手前側)は嘉永7年(1854)に積み直されており、落とし積みの石垣である。表門側は牛蒡積みである。

彦根城 天秤櫓・廊下橋(大手門側)

- 鐘の丸 -
鐘の丸にはその名の通り時を知らせる鐘が置かれたが、城下に響かないため太鼓丸に移された。また大広間などの建物があったが、享保17年(1732)に江戸に移築されたと言う。

彦根城 鐘の丸

- 天秤櫓・廊下橋 -
天秤櫓は廊下橋を中心に左右に伸びる櫓で、長浜城大手門を移築したものと伝わる。廊下橋は往時は屋根と壁を備えており、橋を渡る人の動きが見えないようになっていた。

彦根城 天秤櫓・廊下橋

- 太鼓丸・太鼓門櫓 -
太鼓門櫓は珍しく背面が開放されている。

彦根城 太鼓丸・太鼓門櫓

- 本丸 -
本丸からの眺め。佐和山城跡を見る

彦根城 本丸

- 天守 -
天守は築城の際、廃城となった大津城の天守を移築したと伝わる。破風の数が多いのが特徴で、18の破風を備えるのは現存天守の中で最多である。

彦根城 天守

- 西の丸 -
西の丸虎口を見下ろす

彦根城 西の丸

- 西の丸三重櫓 -
小谷城天守を移築したものと伝わるが、解体修理の際に痕跡は認められなかった。三重櫓の北と東には続櫓が接続される。北側続櫓は大堀切上に位置し厳重な防備を固める。

彦根城 西の丸三重櫓

- 大堀切・出丸 -
西の丸外の大堀切

彦根城 大堀切・出丸

- 登り石垣(西の丸付近) -
西の丸三重櫓から延びる登り石垣

彦根城 登り石垣(西の丸付近)

- 黒門跡 -
黒門跡のようす

彦根城 黒門跡

- 佐和口多聞櫓 -

彦根城 佐和口多聞櫓

- 佐和口 -
佐和口門内の馬屋

彦根城 佐和口

- 京橋口 -
京橋口の雁木石垣

彦根城 京橋口

- 船町口 -
船町口付近の中堀

彦根城 船町口

- 楽々園 -
楽々園は藩主の下屋敷で、1679年に完成したもの。黒門外屋敷とも呼ばれた。現在は埋め立てられたが、かつては松原内湖に面し、雄大な景色が楽しめたと言う。

彦根城 楽々園

- 玄宮園 -
臨池閣。その向こうに天守が見える。玄宮園は延宝5年(1677)に四代藩主・井伊直興が造った庭園。

彦根城 玄宮園

- 移築城門(法善寺山門) -
法善寺は旧中山道の宿場町である醒ケ井にある。

彦根城 移築城門(法善寺山門)

- 金亀会館 -
金亀会館の本堂は彦根藩の藩校・弘道館の行動を大正12年に移築したもの。藩校は寛政11年に開校した。当時は稽古館と呼ばれたが、天保元年に弘道館と改められた。

彦根城 金亀会館

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