日本の城 写真集

= 名古屋城 (尾張国/愛知県)=


日本三名城、日本百名城。天守は1957年に外観復元された。徳川家康が慶長15年(1610)から西国大名を動員した天下普請で築城を開始し、同17年に完成。家康の九男・義直の居城となり、江戸時代を通じて尾張藩の居城として栄えた。




- 二之丸東門跡 -

名古屋城 二之丸東門跡

- 二之丸 -
埋門跡。緊急事態の藩主脱出用の門であった。

名古屋城 二之丸

- 東南隅櫓 -
東南隅櫓を南東側から

名古屋城 東南隅櫓

- 本丸表門 -
表二之門を外から。鉄板張りの門である。

名古屋城 本丸表門

- 本丸東門 -
本丸東門二之門を内から。もとは二の丸東鉄門にあったもので、昭和48年に現在の場所に復元された。

名古屋城 本丸東門

- 小天守 -
天守は太平洋戦争の際に焼失し、その後1957年に鉄筋コンクリート製で外観復元された。

名古屋城 小天守

- 大天守 -
天守は太平洋戦争の際に焼失し、その後1957年に鉄筋コンクリート製で外観復元された。

名古屋城 大天守

- 天守内 -
大天守からの眺め

名古屋城 天守内

- 本丸不明門 -
不明門を内側から

名古屋城 本丸不明門

- 深井丸 -
石垣の刻印

名古屋城 深井丸

- 西北隅櫓 -
外濠越しに見る西北隅櫓

名古屋城 西北隅櫓

- 西之丸 -
手前は二之丸、奥側は西之丸

名古屋城 西之丸

- 西南隅櫓 -
西南隅櫓(手前)と大天守

名古屋城 西南隅櫓

- 正門 -
正門を外側から

名古屋城 正門

- 二之丸大手門 -
二之丸大手二之門を外側から

名古屋城 二之丸大手門

- 本丸御殿(玄関) -
玄関は将軍などの正式な来客が本丸御殿に上がる場所。車寄には華麗な唐破風が載り、本丸御殿で最も太い柱が使用されている。

名古屋城 本丸御殿(玄関)

- 本丸御殿(表書院) -
表書院は江戸時代は広間と呼ばれ、藩主が来客や家臣達と公式に謁見する場であった。

名古屋城 本丸御殿(表書院)

- 本町門跡 -
本町門跡西側の石垣。本町門は三の丸南側の門で、三の丸正門の役を果たした。

名古屋城 本町門跡

- 御園門跡 -
御園門跡東側の空堀。御園門跡の西は三の丸の西端となっており、櫓台と思われる石垣が見える

名古屋城 御園門跡

- 巾下門跡 -
辰之口水道大樋。外濠の水位を一定に保つための施設。水道の西側は堀川に繋がり、外濠の余分な水は堀川に流れるようになっている。

名古屋城 巾下門跡

- 東門跡 -
その名の通り、三の丸の東側の門であった。名鉄瀬戸線や道路の拡幅で石垣が破壊されたものの、現在でもその名残を残す。

名古屋城 東門跡

- 三の丸庭園 -

名古屋城 三の丸庭園

- 移築藩校(永照寺本堂) -
天明7年(1787年)に建てられた尾張藩校「明倫堂」を明治6年に本堂として移築・改造されたもの。

名古屋城 移築藩校(永照寺本堂)

サイトトップ >> 尾張国 >> 名古屋城