日本の城写真集

= 松本城 (信濃国/長野県)=


国宝、天守の現存する城。日本百名城。松本城はもと深志城と呼ばれ、武田氏の信濃支配の拠点となった。武田氏滅亡後に松本城と名を改め、石川康長が城主であった1593~94年頃に現存する5重の天守・乾小天守などが築かれた。




- 太鼓門 -
枡形の城内側が一の門(櫓門)、城外側が二の門(高麗門)となっている。文禄四年(1595)頃に築かれ、明治四年に取り壊された。現在の門は平成11年に復元されたもの。

松本城 太鼓門

- 太鼓門櫓門 -
太鼓門を構成する櫓門を枡形内から見る

松本城 太鼓門櫓門

- 黒門 -
枡形門の外側の門。

松本城 黒門

- 黒門櫓門 -
黒門の二の門である櫓門。一の門と平行して建てられており、二の門の上から濠に向かって攻撃することができた。

松本城 黒門櫓門

- 本丸御殿跡 -
本丸御殿跡と天守

松本城 本丸御殿跡

- 大天守 -
文禄年間(1593~96年)の建築。各階の壁の上半分が漆喰、下半分が黒漆塗りの下見板張り。白い漆喰の部分は屋根でかくれるので、天守は黒い印象を与える。

松本城 大天守

- 月見櫓・辰巳附櫓 -
寛永年間(1624~45年)の建築で、平和な時代に造られただけあり、天守から月見をする風流さを持ち合わせている。

松本城 月見櫓・辰巳附櫓

- 乾小天守・渡櫓 -
天守の北に位置するのに乾と呼ばれるのは、北は叛く、敗れるなどの意があり、忌み嫌われたからである。三層四階の櫓で、天守と渡櫓で連結している。

松本城 乾小天守・渡櫓

- 天守内 -
大天守内部のようす

松本城 天守内

- 搦手 -

松本城 搦手

- 埋の橋 -
埋の橋と天守

松本城 埋の橋

- 内堀と天守 -

松本城 内堀と天守

- 水濠 -
水濠と石垣、土塁

松本城 水濠

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