日本の城写真集

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古河城

(下総国/茨城県)

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見どころ紹介

古河城は室町幕府の古河公方の本拠地であり、渡良瀬川岸にある城で水運を活用した城であった。古河公方足利氏は相模の北条氏に侵食され勢力を弱めた。やがて北条氏康の甥が足利義氏を名乗り足利氏の養子となり古河公方は北条氏の支配下に入った。これにより古河城も北条氏のものとなった。
北条氏の滅亡後は家康の部下・小笠原秀政が城主となり、以降江戸幕府の重臣がこの城の城主をつとめた。中でも土井家は二回にわたり合計約150年間古河を治めた。また、将軍が日光に行く際には古河城は宿泊所となった。城には天守はなく、代用の御三階櫓があった。
かつての城域は現在は渡良瀬川の河川工事により大部分が消滅してしまったが、往時の出城付近に古河歴史博物館が建つ。

室町幕府の古河公方の本拠地で、渡良瀬川岸にある城で水運を活用した城。やがて北条氏康の甥が足利義氏を名乗り足利氏の養子となり古河公方は北条氏の支配下に入った。これにより古河城も北条氏のものとなった。北条氏の滅亡後は家康の家臣・小笠原秀政が城主となり、以降江戸幕府の重臣が城主をつとめた。中でも土井家は二回にわたり合計約150年間古河を治めた。

(2008/1/30 作成、2013/2/2 更新)

公式動画チャンネル

見どころ

古河城

古河城

古河城跡。城の跡形は全く無い。

移築城門(福法寺山門)

移築城門(福法寺山門)

かつては二の丸御殿の入口にあった門で、乾門と呼ばれた。明治六年(1873)に古河城が取り壊された際に当地に移築された。

移築城門(正定寺黒門)

移築城門(正定寺黒門)

旧土井家江戸屋敷下屋敷表門。もとは古河藩主・土井家の江戸屋敷下屋敷の表門であったものを移築したもの。

古河城付近の地図

古河城が載っている本

よみがえる日本の城

日本の城郭を歩く―古写真が語る名城50

図説 よみがえる名城白亜の巨郭徳川の城―決定版

図説江戸三百藩「城と陣屋」総覧―決定版 (東国編)

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