日本の城写真集

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松本城

(信濃国/長野県)

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見どころ紹介

松本城はもとは深志城と呼ばれ、小笠原氏の本拠地・林城の支城であった。その後小笠原氏を倒した甲斐武田氏の信濃支配の拠点となった。
武田氏滅亡後は徳川家康の支配下となり小笠原氏が城主として復帰した。この時松本城と名を改めた。家康の関東移封後は豊臣秀吉配下の石川数正が城主となり、その子康長が跡を継いだ。石川康長が改易されると、再度小笠原氏が城主として復帰した。
松本城には黒漆の塗られた天守が現存し、天守には小天守、月見櫓、辰巳櫓が付属する。また現在は黒門・太鼓門などが復元されている。

国宝、天守の現存する城。日本百名城。松本城はもと深志城と呼ばれ、武田氏の信濃支配の拠点となった。武田氏滅亡後に松本城と名を改め、石川康長が城主であった1593~94年頃に現存する5重の天守・乾小天守などが築かれた。

(2007/10/25 作成、2014/12/28 更新)

公式動画チャンネル

見どころ

太鼓門

太鼓門

枡形の城内側が一の門(櫓門)、城外側が二の門(高麗門)となっている。文禄四年(1595)頃に築かれ、明治四年に取り壊された。現在の門は平成11年に復元されたもの。

太鼓門櫓門

太鼓門櫓門

太鼓門を構成する櫓門を枡形内から見る

黒門

黒門

枡形門の外側の門。

黒門櫓門

黒門櫓門

黒門の二の門である櫓門。一の門と平行して建てられており、二の門の上から濠に向かって攻撃することができた。

本丸御殿跡

本丸御殿跡

本丸御殿跡と天守

大天守

大天守

文禄年間(1593~96年)の建築。各階の壁の上半分が漆喰、下半分が黒漆塗りの下見板張り。白い漆喰の部分は屋根でかくれるので、天守は黒い印象を与える。

月見櫓・辰巳附櫓

月見櫓・辰巳附櫓

寛永年間(1624~45年)の建築で、平和な時代に造られただけあり、天守から月見をする風流さを持ち合わせている。

乾小天守・渡櫓

乾小天守・渡櫓

天守の北に位置するのに乾と呼ばれるのは、北は叛く、敗れるなどの意があり、忌み嫌われたからである。三層四階の櫓で、天守と渡櫓で連結している。

天守内

天守内

大天守内部のようす

搦手

搦手

埋の橋

埋の橋

埋の橋と天守

内堀と天守

内堀と天守

水濠

水濠

水濠と石垣、土塁

松本城付近の地図

松本城が載っている本

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