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竹田城
竹田城は別名虎臥(とらふす)城と呼ばれ、丹波から但馬へ向かう街道を扼す要衝の地にある城である。嘉吉年間(1441-1443)に但馬国守護の山名持豊が家臣の太田垣氏に命じて築かせ、以降代々太田垣氏が城主を務める。 戦国時代には但馬山名氏、播磨赤松氏間の攻防の舞台となるが、天正5年(1577)には織田信長の配下・羽柴秀吉が竹田城を攻略し、弟の秀長を城代として置いた。 天正13年(1585)には赤松広英(斎村政広)が城主となる。慶長年間に現在見られるような総石垣の城が完成するが、慶長5年の関ヶ原合戦で広英は西軍につき戦後切腹、竹田城は廃城された。 城は円山川沿いの山頂に位置し、麓から総石垣の城を見上げると壮観で、また城からの眺めも絶景である。秋には雲海に城が浮かび上がる景観を見ることができる。
(2008/7/27 作成)
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