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猪苗代城
猪苗代城は、鎌倉幕府樹立に貢献した佐原義連が源頼朝から会津四郡を与えられた際に築かれた城である。義連の子・経連は猪苗代氏を称し、代々この城の城主をつとめた。義連は会津・葦名氏の祖となり、会津地方を治めた。 猪苗代氏は主家である葦名氏と度々敵対し、天正十七年(1589)になると出羽米沢の伊達政宗が会津に侵攻すると、時の当主である猪苗代盛胤は葦名氏についたが、隠居していた父の盛国は城を乗っ取り伊達氏に内応した。これもあり葦名氏は伊達氏との決戦に敗れ滅亡し、猪苗代氏は伊達氏の配下に入った。 その後猪苗代城は伊達氏、蒲生氏、上杉氏、江戸時代に入り加藤氏、松平(保科)氏が支配するが、会津若松城の支城として領国支配の拠点となった。しかし戊辰戦争の際に城が焼き払われ、廃城となった。
(2008/9/8 作成)
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▼二の丸
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▼登城口
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▼本丸
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