日本の城写真集
▼城を選ぶ … 都道府県地図都道府県名収録全城一覧旧国地図旧国名日本の城Googleマップ織田信長勢力地図勢力地図(室町末期~江戸初期)
サイトトップ >> 出羽国(羽後) >> 檜山城

檜山城

檜山城(出羽国(羽後)/秋田県)

安東氏は津軽の十三湊を拠点としていたが、嘉永三年(1443)に南部氏との戦いに敗れ蝦夷に逃れた。康正二年(1456)には安東政季が当地を治めていた葛西秀清を破り当地の支配権を得た。その後、政季の子の忠季が明応四年(1495)に檜山城を築いたと伝わる。
この安東氏は檜山安東氏と呼び、檜山城を本拠としたが、他に南方に湊安東氏も現在の秋田市付近を中心に勢力を張っていた。天文20年(1551)には湊安東氏の当主・堯季が死去し、その跡取りがなかったため、檜山安東氏当主の愛季は自らの弟・茂季を送り込み、のちに茂季を隠居させ両安東氏を統合した。
天正15年(1587)には愛季が死去すると子の実季が跡を継ぐが、茂季の子・道季が自らこそが湊安東氏の当主の資格があることを主張し挙兵、実季と道季との間で戦が発生した。実季は檜山城に籠城した後に反撃に転じ、道季を破った。この戦いを湊合戦と呼ぶ。その後、実季は秋田氏を名乗るようになった。
関ヶ原合戦の後、秋田氏は徳川家により常陸へ転封になり、代わって佐竹氏が入封した。檜山城には小場義成、のちに多賀谷氏が入ったが、元和六年(1620)の一国一城令で廃城となった。

(2012/8/25 作成)



檜山城のみどころ
三の丸
檜山城 三の丸
二の丸・本丸
檜山城 二の丸・本丸
伝移築城門(浄明寺山門)
檜山城 伝移築城門(浄明寺山門)


出羽国(羽後)の城
久保田城
檜山城
脇本城
浦城
大館城
角館城
横手城
本荘城
亀田城
五城目城
湊城

秋田県の城
久保田城
檜山城
脇本城
浦城
大館城
角館城
横手城
本荘城
亀田城
五城目城
湊城

[日本の城写真集]

[国一覧]
[収録全城一覧]
[メール]
檜山城 三の丸

三の丸

三の丸のようす。奥に少し高い部分がある。

檜山城 二の丸・本丸

二の丸・本丸

本丸土塁

檜山城 伝移築城門(浄明寺山門)

伝移築城門(浄明寺山門)

檜山城の移築城門と伝わるが、近年の解体修復の際に寛永11年(1635)の建立と判明した。


▼檜山城付近の地図


大きな地図を見る

サイトトップ >> 出羽国(羽後) >> 檜山城

Copyright(C) 2007-2017 日本の城写真集