日本の城 写真集
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長谷堂城

長谷堂城(出羽国(羽前)/山形県)

長谷堂城は山形城の西南7kmにある城で、山形盆地の縁にある山形城の支城の一つである。山形城は最上家の本拠であり、長谷堂城は山形城の支城としての役割と果たした。城は独立丘陵に築かれ、南側は本沢川が流れ、それ以外の三方は水濠で囲われていた。
関ヶ原合戦の際には、直江兼続率いる西軍・上杉軍二万の軍勢が畑谷城を落城させ、そのままの勢いで長谷堂城を攻撃するが、東軍・最上家家臣の志村光安・鮭延秀綱が城兵千名を率いて籠城し、約半月の間城を守りきった。上杉軍は関ヶ原合戦で西軍が敗北したとの報を受けると、城攻めを止め撤退を開始する。そこを最上軍と援軍である伊達軍は猛追し、激戦が繰り広げられた。この一連の戦いは「長谷堂城の戦い」と呼ばれる。
戦後、城主の志村光安は戦功を評されて酒田・亀ヶ崎城主となり、かわって成沢城から坂光秀が入った。元和二年(1616)に光秀が死去すると子の光重が継ぐが、元和八年(1622)に最上家は改易となり、この時長谷堂城は廃城となった。
激戦が繰り広げられた長谷堂城も、現在は城跡公園として整備され、花なども植えられて散策に訪れる人も多い。

(2012/11/6 作成)



長谷堂城のみどころ
山麓部
長谷堂城 山麓部
登城路・八幡神社
長谷堂城 登城路・八幡神社
帯曲輪群
長谷堂城 帯曲輪群
曲輪・横矢掛かり
長谷堂城 曲輪・横矢掛かり
本丸
長谷堂城 本丸
本丸下の曲輪
長谷堂城 本丸下の曲輪
城の西側の曲輪
長谷堂城 城の西側の曲輪

城内地図(別窓)


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長谷堂城 山麓部

山麓部

水濠。長谷堂城の周囲の平地には武家屋敷などが並び、それらを囲う水濠があった。発掘調査の結果幅七メートルほどあった事が判明し、現在は復元展示されている。

長谷堂城 登城路・八幡神社

登城路・八幡神社

八幡神社のある曲輪

長谷堂城 帯曲輪群

帯曲輪群

この斜面には帯曲輪が何段も重なる。帯曲輪群の向かいには長谷堂城の戦いで上杉軍本陣が置かれた菅沢山があり、それに備える目的で造成されたと考えられる。

長谷堂城 曲輪・横矢掛かり

曲輪・横矢掛かり

八幡崎口からの登城路にある曲輪下の切岸

長谷堂城 本丸

本丸

本丸のようす

長谷堂城 本丸下の曲輪

本丸下の曲輪

本丸南側には何段かの曲輪が備えられている

長谷堂城 城の西側の曲輪

城の西側の曲輪

菅沢山を見る。長谷堂城の戦いの際に上杉軍が本陣を置いた。


▼長谷堂城付近の地図


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▼長谷堂城が載っている本
▽廃城をゆく

▽お城の手帖

▽松平定知さんと歩く 全国名城・古戦場めぐり

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