日本の城写真集

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見どころ紹介

鹿野城の築城時期は不明だが、当地の豪族である志加奴氏の居城であった。志加奴氏は天文十三年に尼子氏に敗れ、城は尼子氏のものとなった。尼子氏滅亡後は毛利氏の支配下にあったが、天正六年(1578)に織田信長の勢力が及び、その配下の豊臣秀吉が城を攻め落とした。この時、亀井茲矩が城主に任じられた。茲矩は関ヶ原合戦で東軍につき、鹿野藩初代藩主となった。亀井氏はのちに津和野へ転封されると、鹿野は鳥取藩の領地に組み込まれ一度廃城となった。その後、鳥取藩の支藩が鹿野奴に立藩された。
鹿野城は別名「王舎城」と呼ばれるが、これは亀井茲矩の仏教思想に基づくものと言われる。また、茲矩は幕府公認でシャム(タイ)などと海外貿易を行った。城の櫓には朝鮮櫓、オランダ櫓などの名前が付けられた事からも茲矩の海外志向が覗われる。

鹿野城は別名「王舎城」と呼ばれるが、これは城主・亀井茲矩の仏教思想に基づくものと言われる。また、茲矩は幕府公認でシャム(タイ)などと海外貿易を行った。櫓には朝鮮櫓、オランダ櫓などの名前が付けられた事からも茲矩の海外志向が覗われる。

(2011/5/3 作成)

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鹿野城付近の地図

鹿野城が載っている本

よみがえる日本の城

図説 よみがえる名城漆黒の要塞豊臣の城―決定版

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