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霧山城

霧山城(伊勢国/三重県)

霧山城は伊勢国司を務めた北畠氏の館の背後にある山城で、標高570mに位置する。当地は伊勢国の山間部に位置するが、大坂・奈良方面から伊勢神宮へ抜ける伊勢本街道が通る要所であった。
霧山城の麓には北畠氏館があり、北畠氏館が敵襲を受けた際に霧山城へ避難するようになっていた。北畠氏館の西側には霧山城に繋がる山があり、他の三方は川に囲まれるという要地に位置した。北畠氏館には武家の作った庭園があり、また館跡には石垣が用いられていたことが分かっている。霧山城には中心部には大きく2つの峰からなり、北側の峰が奥側に位置し2つの曲輪を持ち、手前の南側の峰には鐘撞堂と呼ばれる曲輪がある。
北畠氏は興国3年(1342)に本拠としていた田丸城が落城すると、当地に本拠を移したと伝わり、その後霧山城も築かれたものと思われる。戦国時代には北畠家は伊勢を始め、紀伊・大和の一部を支配するなど、勢力を広げた。しかし、永禄12年(1569)に尾張から侵攻した織田信長の軍門に降り、天正4年(1576)に北畠具教が信長に殺害されると、霧山城も落城し廃城されたものと思われる。
現在、霧山城の麓には北畠神社が建ち、その敷地内に北畠氏館跡庭園が整備されている。また、美杉ふるさと資料館では霧山城や北畠氏館などの展示を見学できる。

(2013/7/20 作成)



霧山城のみどころ
北畠氏館
霧山城 北畠氏館
北畠氏館跡庭園
霧山城 北畠氏館跡庭園
北畠氏館詰城跡
霧山城 北畠氏館詰城跡
登城路
霧山城 登城路
南曲輪
霧山城 南曲輪
北曲輪
霧山城 北曲輪

霧山城と北畠氏館の関係図(別窓)
霧山城地図(別窓)


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霧山城 北畠氏館

北畠氏館

居館跡には上段と中段の境に石垣を用いていた。中世居館としては日本最古の石垣と言われる。

霧山城 北畠氏館跡庭園

北畠氏館跡庭園

室町幕府管領の細川高国の作と伝わる。高国の娘は伊勢国司七代・北畠晴具の妻であった。池は「米字池」と呼ばれ、中央の築山には孔子岩と呼ばれる岩が建つ。

霧山城 北畠氏館詰城跡

北畠氏館詰城跡

北畠氏館のすぐ上にある詰めの城。さらに山中へ進むと霧山城へ至る。

霧山城 登城路

登城路

霧山城跡へは北畠氏館跡から約1700mの道のりで、比高は約200mである。

霧山城 南曲輪

南曲輪

南曲輪のようす。南曲輪は鐘撞堂とも呼ばれる。

霧山城 北曲輪

北曲輪

本丸跡のようす。北曲輪群は、東から矢倉跡、本丸跡、米倉跡と呼ばれる。写真は矢倉跡。


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