日本の城写真集

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見どころ紹介

長島城のあった地は、戦国時代には願証寺が中心となり長島一向一揆の拠点となった。織田信長との壮絶な戦いの結果、天正二年(1574)に長島城は陥落し、その際に一揆勢は皆殺しにされた。その後、長島城には織田信長家臣の滝川一益が入り、北伊勢五郡を統治した。信長の死後、滝川一益は豊臣秀吉との争いに敗れると、織田信雄が城主となった。のちに信雄は秀吉によって改易され、羽柴秀次、次いで福島正頼(福島正則の弟)が城主となった。
福島正頼は関ヶ原合戦の際に東軍につき、その功により大和松山城へ加増転封された。代わって長島城には三河の豪族であった菅沼定仍が入った。菅沼家が膳所に転封されると、長島城は桑名藩の配下に入った。その後元禄15年(1702)に増山家が長島藩を立藩し、明治維新に至った。
城は木曽川と揖斐川の中州(輪中地帯)にある。現在は城の遺構はあまり残っていないが、長島城の移築建築が蓮生寺・願証寺に残る。

長島城のあった地は戦国時代には願証寺が中心となり長島一向一揆の拠点となった。織田信長との壮絶な戦いの結果、長島城は陥落し一揆勢は皆殺しにされた。江戸時代の元禄15年(1702)に増山家が長島藩を立藩し、明治維新に至った。城は木曽川と揖斐川の中州(輪中地帯)にある。現在は城の遺構はあまり残っていないが、長島城の移築建築が蓮生寺・願証寺に残る。

(2013/7/7 作成)

公式動画チャンネル

長島城付近の地図

長島城が載っている本

図説江戸三百藩「城と陣屋」総覧―決定版 (西国編)

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