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今治城
今治城は伊予の宇和島、今治などを領した藤堂高虎が築いた城である。慶長7年(1600)に築城を開始し、完成したのは同9年であった。高虎は同13年に伊賀の上野・伊勢の津へ転封され、一族の高吉が城主となった。その高吉も寛永12年(1635)に伊賀名張へ移り、松平定房が封じられた。以降幕末まで松平氏が今治を治めた。 城は海に面しており、海運を重視した平城である。また縄張りは直線的で、その後大阪の陣にかけて多くの城が築かれるが、今治城に似た構造の城も多い。これは藤堂高虎が築城名人で、徳川家康の命により天下普請に携わり、今治城をモデルとしたためである。 築城当時は天守閣も存在したが、高虎によって丹波亀山城へ移築されたため、その後は天守閣は存在しなかった。
(2009/1/17 作成)
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▼土橋
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▼鉄御門
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▼武具櫓
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▼御金櫓
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▼二の丸
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▼本丸
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▼天守閣
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▼山里櫓
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▼山里門
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