松山城
(伊予国)
▼本丸大手
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▼太鼓櫓・太鼓門
▼巽櫓
▼本丸内
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日本の城 写真集
松山城
松山城は関ヶ原合戦の戦功により加増を受けた伊予松前城主・加藤嘉明が築城した城である。着工は慶長七年(1602)、翌年に嘉明は居を松前から松山へ移した。
山上に本丸、山麓に二の丸、三の丸を配する平山城である。本丸には連立式の天守閣が築かれた。当初は五層の天守閣であったが、のちに三層に改められた。天守閣以外にも多くの建造物が現存し、戦災や火災で失われた建物もあるがのちに復元されている。
加藤氏は寛永4年(1627)に会津に転封され、かわりに蒲生氏が藩主となった。松山城が完成したのはこの蒲生氏の時代である。蒲生氏の後は松平氏が入城し、以降明治維新まで続いた。
(2006/10/1 作成、2009/1/13 更新)
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