月山富田城 | 日本の城写真集

月山富田城 | 日本の城写真集

月山富田城

出雲国島根県 / 収録写真枚数:106枚

  • 月山富田城 富田川
  • 月山富田城 巌倉寺
  • 月山富田城 軍用大井戸
  • 月山富田城 山中御殿(北側)
  • 月山富田城 山中御殿(多聞櫓跡)
  • 月山富田城 山中御殿(菅谷口門跡)
  • 月山富田城 山中御殿
  • 月山富田城 山中御殿(相坂階段)
  • 月山富田城 七曲り
  • 月山富田城 三の丸
  • 月山富田城 二の丸
  • 月山富田城 本丸
  • 月山富田城 花ノ壇
  • 月山富田城 奥書院・太鼓壇・千畳平
  • 月山富田城 新宮党館跡
月山富田城の写真撮影スポット紹介

月山富田城は戦国時代は尼子氏の本拠地であった。尼子氏は中国地方に勢力を伸ばし、八カ国の守護を務め、繁栄を極めた。尼子氏は山口の大内氏と敵対し、天文11年(1542)には大内軍が月山富田城に攻め寄せてきたが、籠城し撃退した。
大内氏滅亡後に毛利氏が勢力を伸ばすと、永禄8年(1565)に毛利軍が月山富田城を包囲した。1年以上に及ぶ籠城の末、兵糧が尽き、尼子氏は毛利氏に降伏した。月山富田城は毛利氏の山陰経営の拠点となり、重臣である福原貞俊、口羽通良、吉川元春らが城主となった。
関ヶ原合戦時には元春の子・広家が城主であったが、毛利氏は関ヶ原合戦で西軍に付き敗北、月山富田城は没収され堀尾吉晴の居城となった。吉晴は平地の松江に新たな城を築き、月山富田城は廃城となった。

日本百名城。 出雲国の城で、戦国時代の尼子氏の本拠地であった。尼子氏が毛利氏に滅ぼされた後は毛利氏の支配下に入り、関ヶ原の合戦後は堀尾吉晴の居城となる。その後居城が松江へ移され、月山富田城は廃城となった。

(2007/5/1 作成、2013/10/12 更新)

月山富田城の写真撮影スポット

当サイト管理人(けいすけ)が全写真を撮影。名古屋城の人気の撮影スポットをご紹介します。

月山富田城付近の地図

月山富田城が載っている本

日本100名城公式ガイドブック

出雲の山城

廃城をゆく4

日本の山城100名城

廃城をゆく3

廃城をゆく

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