日本の城写真集

日本の城写真集

  • slide
見どころ紹介

岩槻城は室町時代末期に築城されたが、築城者は太田道灌とする説や成田氏とする説など、諸説ありはっきりしない。
いずれにしろ戦国時代に入ると扇谷上杉氏家臣の太田資正が岩槻城を支配したが、主家が後北条氏に滅ぼされると降伏した。しかし上杉謙信が関東管領となると上杉側に属した。このため岩槻城は何度も後北条氏の侵略にさらされる。
永禄7年(1564)に資正の嫡男氏資が謀反を起こし、資正を追放し北条氏に降伏、再び北条氏の支配下となる。その後天正18年(1590)の豊臣秀吉の小田原征伐の際に攻撃を受け落城、関東に入封した徳川家康の家臣・高力清長が城主となった。
江戸時代には江戸の北方の守りを固める城として重要視され、歴代の城主は譜代大名が務めた。

岩槻城の築城者は太田道灌説や成田説など諸説ある。戦国時代に入ると太田氏が支配したが、後に北条氏の支配下となる。その後豊臣秀吉の小田原征伐の際に攻撃を受け落城。江戸時代には江戸の北方の守りを固める城として重要視された。

(2007/11/7 作成)

公式動画チャンネル

岩槻城付近の地図

岩槻城が載っている本

廃城をゆく3

よみがえる日本の城

図説江戸三百藩「城と陣屋」総覧―決定版 (東国編)

関東の名城を歩く 南関東編: 埼玉・千葉・東京・神奈川

おすすめの本一覧へ
Page Top