丸亀城(讃岐国) 日本の城 写真集
▼内濠
▼大手門二の門
▼大手門一の門
▼みかえり坂
▼三の丸東側
▼三の丸南側
▼三の丸西側
▼三の丸北側
▼二の丸
▼二の丸搦手
▼本丸
▼天守閣
▼三の丸搦手
▼栃の木御門跡
▼御殿表門・番所長屋
▼高石垣と天守閣

▼城内地図(別窓)

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丸亀城

丸亀城は当地を支配していた奈良氏が応仁年間(1467-8)に築城した城である。奈良氏の本拠城は聖通寺城であり、その支城の役割を果たした。
慶長2年(1597)に生駒氏が讃岐に封じられ、城に改修を加えた。生駒氏は高松城を本拠としたため、元和元年(1615)の一国一城令により廃城となったが、実際に城の破却は行われなかったと言われる。
寛永18年(1641)には生駒氏の後には山崎家治が丸亀藩主に任じられ、約30年間に渡る城の改修が始まった。現存する天守閣や高石垣はこの改修時に築かれたものである。万治元年(1658)には山崎氏に代わって京極高和が藩主となり、以降幕末まで京極氏が支配した。
城は平地の中の小高い丘に築かれており、その丘全体に石垣が築かれている。麓から見上げると高く聳える石垣が壮観である。その高さは合計60mで日本一の高さを誇る。

(2009/2/1 作成)

丸亀城 内濠 ▼内濠
丸亀城 大手門二の門 ▼大手門二の門
丸亀城 大手門一の門 ▼大手門一の門
丸亀城 みかえり坂 ▼みかえり坂
丸亀城 三の丸東側 ▼三の丸東側
丸亀城 三の丸南側 ▼三の丸南側
丸亀城 三の丸西側 ▼三の丸西側
丸亀城 三の丸北側 ▼三の丸北側
丸亀城 二の丸 ▼二の丸
丸亀城 二の丸搦手 ▼二の丸搦手
丸亀城 本丸 ▼本丸
丸亀城 天守閣 ▼天守閣
丸亀城 三の丸搦手 ▼三の丸搦手
丸亀城 栃の木御門跡 ▼栃の木御門跡
丸亀城 御殿表門・番所長屋 ▼御殿表門・番所長屋
丸亀城 高石垣と天守閣 ▼高石垣と天守閣


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