日本の城写真集

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見どころ紹介

小山城は応永~寛政年間(1460~65)頃に築かれた城。思川の東岸の崖上に位置し、各曲輪は深い堀で隔てられている。祇園城とも呼ばれるが、これは城の守り神として祇園社を祀ったことに由来する。
築城したのは小山泰朝で、その後小山持政が城を拡張したと思われる。戦国時代の天正三年(1575)には小山氏は相模の北条氏の攻撃を受け落城し、当主の小山秀綱は城を追われた。代わりに北条氏照が入り、北条氏領の北端の拠点となった。北条氏が豊臣秀吉によって滅ぼされると、関東には徳川家康が入り、小山城も家康の領地となった。
小山城は、関ヶ原合戦の際に小山評定が行われた事で有名である。徳川家康が諸大名を率いて会津の上杉討伐のために北上し、途中小山城に立ち寄ったが、そこで畿内で石田三成の挙兵の報を受けた。家康は小山城で諸大名と評定を開き、豊臣恩顧の大名も含めて一致団結して石田三成と戦うという結論に至った。これが小山評定である。
江戸時代に入ると徳川氏の重臣・本多正純が城主となり城を整備した。その後、本多正純は宇都宮へ転封され、小山城は廃城された。

応永~寛政年間(1460~65)頃に築かれた城。思川の東岸の崖上に位置し、各曲輪は深い堀で隔てられている。祇園城とも呼ばれるが、これは城の守り神として祇園社を祀ったことに由来する。築城したのは小山泰朝で、その後小山持政が城を拡張したと思われる。戦国時代には北条氏の攻撃を受け落城し、北条氏領の北端の拠点となった。

(2013/2/2 作成)

公式動画チャンネル

小山城付近の地図

小山城が載っている本

関東の名城を歩く 北関東編: 茨城・栃木・群馬

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