日本の城写真集

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本佐倉城

(下総国/千葉県)

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見どころ紹介

本佐倉城は文明年間(1469~1486)に千葉輔胤によって築かれた城である。千葉家は下総国に勢力を張り、この本佐倉城を本拠地とした。戦国時代には、千葉氏は相模国から勢力を伸ばしてきた北条家の傘下に入る。しかし北条家が豊臣秀吉によって滅ぼされると、千葉家も取り潰され、本佐倉城もその役目を終えた。
城は印旛沼の近くにあり、印旛沼と城との間は湿地などに囲まれ、難攻不落を誇ったものと思われる。現在城は整備された上に、分かりやすい解説版も設けられ、城を理解しながら見学できるよう工夫されている。

本佐倉城は文明年間(1469~1486)に千葉輔胤によって築かれた城である。千葉家は下総国に勢力を張り、この本佐倉城を本拠地とした。城は印旛沼の近くにあり、印旛沼と城との間は湿地などに囲まれ、難攻不落を誇ったものと思われる。現在城は整備された上に、分かりやすい解説版も設けられ、見学しやすいよう工夫されている。

(2015/9/21 作成)

公式動画チャンネル

見どころ

東山馬場

東山馬場

階段状に何段も平地が広がるが、発掘調査の結果建物跡は見つかっていない。

東山虎口

東山虎口

印旛沼方面を守る虎口。外側と内側の二か所に門を構えていたと考えられる。この間の通路幅も狭く、突破は困難を極めたのではないか。

東光寺ビョウ

東光寺ビョウ

印旛沼方面に広がる曲輪

城山

城山

本丸に当たる曲輪。発掘調査の結果、大型の掘立柱建物跡が2棟発見され、主殿と会所であったと推定されている。また、庭園跡や物見櫓跡も発見されている。

奥ノ山

奥ノ山

妙見宮(千葉氏の守護神を祀る寺院)があった曲輪で、儀式・儀礼のための場所であった。

セッテイ

セッテイ

「接待」の名に通じるが、その名前の反面、虎口の厳重さ、土塁がない事、空堀が大規模であることから、人質を住まわせた曲輪ではないかと考えられている。

本佐倉城付近の地図

本佐倉城が載っている本

廃城をゆく

関東の名城を歩く 南関東編: 埼玉・千葉・東京・神奈川

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