日本の城写真集

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飯田城

(信濃国/長野県)

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見どころ紹介

飯田城は信濃守護の小笠原氏の支配下にあったが、小笠原氏が甲斐の武田信玄に敗れると武田氏の支配を受け、信玄の部下・秋山信友が城主となった。
武田氏が長篠の戦いで敗れた後、信濃は織田信長・徳川家康の侵攻を受け、飯田城は家康の支配下に入った。家康の関東転封後は、下条頼安、菅沼定利、毛利秀頼、京極高知が城主となり、関ヶ原合戦後には小笠原秀政が入った。後に脇坂氏、堀氏が城主を務め、幕末を迎えた。

信濃守護の小笠原氏の支配下にあったが、のちに武田氏の支配を受け、信玄の部下・秋山信友が城主となった。武田氏が長篠の戦いで敗れた後は家康の支配下に入った。家康の関東転封後は京極高知らが城主となり、関ヶ原合戦後には小笠原秀政が入った。

(2008/10/25 作成、2016/5/4 更新)

公式動画チャンネル

見どころ

飯田城

飯田城

本丸跡。現在は長姫神社等になっている

赤門

赤門

桜丸の門で、通称赤門と呼ばれる。1754年に完成したもの。鬼瓦には当時の藩主・堀氏の家紋が入っている。

移築城門(経蔵寺山門)

移築城門(経蔵寺山門)

元は飯田城桜の丸の門。宝暦年間(1751~1764)に赤門が建てられると家老の屋敷に移築され、その後何か所かを経たのち経蔵寺山門となった。

移築城門(八間門)

移築城門(八間門)

元は飯田城二の丸の門で二の門と呼ばれていた。櫓門形式で、一階部分は文禄年間の、二階部分は江戸時代初期の建築と推定される。左右に四間ずつ長屋が附属する。

飯田城付近の地図

飯田城が載っている本

よみがえる日本の城

図説江戸三百藩「城と陣屋」総覧―決定版 (東国編)

長野の山城ベスト50を歩く

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