日本の城写真集

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大島城

(信濃国/長野県)

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見どころ紹介

大島城は当地を支配した大島氏が築いたのが始まりで、のちに天文23年(1554)に甲斐の武田氏が伊奈に侵攻するとその支配下に入った。その後元亀二年(1571)に大改修が加えられ、伊那谷の拠点としての機能を果たすようになった。現在残る馬出や三日月堀などの城の姿は、この時に造られたものである。天正十年(1582)の織田氏が伊奈に侵入すると、大島城主であった武田信廉は城を捨て逃亡し落城した。
城は天竜川沿いの段丘上に築かれており、背後は天竜川の絶壁に守られている。反対側は武田流築城術である三日月堀を伴った丸馬出を設け防御を固めている。この三日月堀は巨大で、かつ二重になっている。

大島城は当地を支配した大島氏が築いたのが始まりで、元亀二年(1571)に武田氏によって大改修が加えられ、伊那谷の拠点としての機能を果たすようになった。現在残る馬出や三日月堀などの城の姿は、この時に造られたものである。

(2016/5/8 作成)

公式動画チャンネル

見どころ

大手丸馬出

大手丸馬出

大手丸馬出の三日月堀のようす。訪問時は夏で草が茂っていて遺構が見えにくい。三日月堀は二重になっているが、その様子も見て取れない。

三の丸

三の丸

城域北西にある馬出付近から城内を見る。写真左手に大手丸馬出を補佐する馬出があった。右手は三の丸。

二の丸

二の丸

二の丸虎口から振り返ってみる。向こうに見えるのは、二の丸馬出で、当時は二の丸虎口から橋が架けられていたか。その向こうが三の丸である。

本丸

本丸

本丸虎口。かつては木戸が設けられていた事が発掘調査で分かっている。また、二の丸へ木橋が架けられていた。

大島城付近の地図

大島城が載っている本

戦国武田の城

長野の山城ベスト50を歩く

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