福知山城 | 日本の城写真集

福知山城 | 日本の城写真集

福知山城

丹波国京都府 / 収録写真枚数:71枚

  • 福知山城 大天守
  • 福知山城 小天守
  • 福知山城 二の丸銅門番所
  • 福知山城 本丸
  • 福知山城 城外
  • 福知山城 移築本丸能舞台(一宮神社能舞台)
  • 福知山城 移築城門(照仙寺山門)
  • 福知山城 移築城門(明覚寺山門)
  • 福知山城 移築城門(正眼寺山門)
  • 福知山城 移築城門(法鷲寺山門)
  • 福知山城 移築城門(観滝寺山門)
  • 福知山城 移築城門(観滝寺南門)
  • 福知山城 移築城門(長命寺山門)
  • 福知山城 移築城門(瑞林寺山門)
福知山城の写真撮影スポット紹介

福知山城のある地には、かつて横山城と呼ばれた城があり当地の豪族・塩見氏が城主であった。同じ丹波国内の赤井直正が塩見氏を滅ぼしたと伝わるが、天正7年(1579)に織田信長の部下である明智光秀によって横山城は攻略された。この時、城に石垣が築かれると共に、福智山城と名を改められ、光秀の重臣である明智秀満が城主となった。
光秀の滅亡後は豊臣秀吉の支配下に入り、江戸時代には福知山城と名を改められ、杉原家次、田中吉政、小野木重勝が城主となった。小野木重勝は関ヶ原合戦で西軍に属し敗北、代わって有馬豊氏が入った。その後福知山城は江戸時代を通じて福知山藩の藩庁として機能した。
天守台石垣には寺社の石塔などが使われているが、光秀に対して反抗的な寺社を破壊し天守台の石垣としたと言う。その石垣上に1986年に外観復元天守が建てられた。

丹波を平定した明智光秀によって築城された城。光秀の滅亡後は豊臣秀吉の支配下に入り、江戸時代を通じで福知山藩の藩庁として機能した。石垣には築城時に集めた寺社の石塔などが使われている。その石垣上に外観復元天守が建てられた。

(2007/7/1 作成、2013/9/1 更新)

福知山城付近の地図

福知山城が載っている本

続日本100名城公式ガイドブック 公益財団法人 日本城郭協会 監修

明智光秀の城郭と合戦 (図説 日本の城郭シリーズ13) 高橋成計著

レンズが撮らえた幕末日本の城―永久保存版 來本雅之著

廃城をゆく 2

図説江戸三百藩「城と陣屋」総覧―決定版 (西国編) 三浦 正幸

よみがえる日本の城

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