日本の城写真集

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見どころ紹介

もとは曳馬城とい、今川氏家臣の飯尾氏が築いた城である。今川義元の敗死後、飯尾氏は今川氏に反旗を翻したが、その間隙を衝いた三河の徳川家康により落城、家康の支配下となった。
家康は遠江攻略の拠点として重視し、元亀元年(1570)に曳馬城を拡張して浜松城を築き、以降天正十四(1586)年に駿府に移転するまで家康の居城となった。元亀三年(1572)には武田信玄の侵攻にあい、浜松城から程近い三方ヶ原まで迎撃に出るが却って返り討ちにあい大敗を喫し、家康は浜松城に逃げ帰った。その直後の自身様子を絵師に描かせた逸話は有名である。
家康の関東転封に伴い、秀吉配下の堀尾吉晴が城主となり、関ヶ原合戦後は譜代の大名が続き「出世城」の異名をとった。
野面積みの無骨な石垣と、その野面積みの石垣に乗る天守が特徴的な城で、天守は昭和三十三年に鉄筋コンクリート製で再建されたものである。

今川氏の支配下にあったが、今川義元の敗死後は徳川家康の支配下となった。元亀元年に城を拡張し、以降駿府に移転するまで家康の居城となった。野面積みの石垣と天守が特徴的な城で、天守は鉄筋コンクリート製で再建されたものである。

(2008/3/2 作成、 2013/3/24 更新)

公式動画チャンネル

浜松城付近の地図

浜松城が載っている本

戦国武田の城

廃城をゆく3

よみがえる日本の城

Discover Japan 2013年6月号

司馬遼太郎と城を歩く

図説 よみがえる名城白亜の巨郭徳川の城―決定版

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