高取城 | 日本の城写真集

高取城 | 日本の城写真集

高取城

大和国奈良県 / 収録写真枚数:170枚

  • 高取城 二ノ門
  • 高取城 三ノ門
  • 高取城 矢場門
  • 高取城 国見櫓跡
  • 高取城 松ノ門
  • 高取城 宇陀門
  • 高取城 千早門
  • 高取城 壺坂口門
  • 高取城 大手門
  • 高取城 二の丸
  • 高取城 十五間多聞・太鼓櫓
  • 高取城 新櫓
  • 高取城 七ツ井戸
  • 高取城 本丸天守台
  • 高取城 本丸虎口
  • 高取城 本丸
  • 高取城 吉野口門
  • 高取城 移築城門(子嶋寺)
  • 高取城 藩主下屋敷表門
  • 高取城 移築城門(松ノ門)
高取城の写真撮影スポット紹介

高取城は南北朝時代に大和南部に勢力を張った越智氏によって築かれた城である。大和国を制圧した織田信長により天正八年(1580)に一度は廃城となったが、大和国に封じられた筒井順慶が大和郡山城の支城として天正12年(1584)に再築した。のちに豊臣秀吉の弟である秀長が大和を治めるようになると、現在見られるような近代城郭への整備を行い、その事業は養子秀保の代に引き継がれて行われた。江戸時代には本田氏、植村氏などが城主を務め幕末を迎えた。
日本三大山城に数えられ、山麓の城下町との比高は400mある。江戸時代に入ると、通常は山奥の城は不便であることから平地に移されたが、高取城は山城部分の廃されなかった。ただし、やはり山城は普段の生活には不便なため、山麓に屋敷が設けられた。また城域は広大だが、現在でも多くの箇所に多数の石垣が残る。また幾つかの建物が山麓に移築され現存する。

三大山城、日本百名城。南北朝時代に大和南部に勢力を張った越智氏によって築かれた。豊臣秀吉の弟である秀長が大和を治めるようになると、養子秀保の代にかけて現在の見られる近代城郭に整備した。現在でも石垣は往時の威容を保っている。

(2007/6/11 作成、2013/4/8 更新)

高取城の写真撮影スポット

当サイト管理人(けいすけ)が全写真を撮影。名古屋城の人気の撮影スポットをご紹介します。

高取城付近の地図

高取城が載っている本

日本100名城公式ガイドブック

司馬遼太郎と城を歩く

日本の山城100名城

廃城をゆく 2

廃城をゆく

Discover Japan 2013年6月号

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