一乗谷城 | 日本の城写真集

一乗谷城 | 日本の城写真集

一乗谷城

越前国福井県 / 収録写真枚数:89枚

  • 一乗谷城 下城戸
  • 一乗谷城 朝倉景鏡館跡
  • 一乗谷城 平面復元地区
  • 一乗谷城 朝倉義景館
  • 一乗谷城 湯殿跡庭園
  • 一乗谷城 中の御殿跡
  • 一乗谷城 諏訪館跡庭園
  • 一乗谷城 上城戸
  • 一乗谷城 復元町並
  • 一乗谷城 移築建築(敦賀西福寺阿弥陀堂)
一乗谷城の写真撮影スポット紹介

越前国を支配した朝倉氏の本拠地跡。一乗谷川沿いの谷に開けた土地にあり、周囲の山には詰めの山城が築かれていた。
応仁の乱で京都が荒れると、多くの人が一乗谷へ逃げてきたため、京文化が栄えたと言われる。また永禄10年(1567)には将軍足利義昭が朝倉氏を頼って一乗谷へ下ってきた。しかし義昭は翌年織田信長を頼って美濃へ去っていった。
その後朝倉氏は織田信長と対立するが滅ぼされ、代わって越前を支配した桂田長俊も本拠地としたが、一揆により殺害された。一揆が鎮圧された後、越前を支配した信長の家臣・柴田勝家は福井北ノ庄に本拠を移したため、一乗谷はその役割を終えた。
近年では遺跡の整備が行われ、戦国時代の街並みなどが復元されている。このような整備が行われているのは全国でも珍しい。

日本百名城。 一乗谷川沿いの谷に開けた土地にある。越前国を支配した朝倉氏の本拠地として繁栄した。 応仁の乱で京都が荒れると、多くの人が一乗谷へ逃げてきたため、京文化が栄えた。近年は発掘や町並の復元、庭園の整備などが行われている。

(2007/2/21 作成、2014/4/20 更新、2019/5/11更新)

一乗谷城付近の地図

一乗谷城が載っている本

日本100名城公式ガイドブック

カラー図解 城の攻め方・つくり方

日本の山城100名城

廃城をゆく3

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