日本の城写真集

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一乗谷城

(越前国/福井県)

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見どころ紹介

越前国を支配した朝倉氏の本拠地跡。一乗谷川沿いの谷に開けた土地にあり、周囲の山には詰めの山城が築かれていた。
応仁の乱で京都が荒れると、多くの人が一乗谷へ逃げてきたため、京文化が栄えたと言われる。また永禄10年(1567)には将軍足利義昭が朝倉氏を頼って一乗谷へ下ってきた。しかし義昭は翌年織田信長を頼って美濃へ去っていった。
その後朝倉氏は織田信長と対立するが滅ぼされ、代わって越前を支配した桂田長俊も本拠地としたが、一揆により殺害された。一揆が鎮圧された後、越前を支配した信長の家臣・柴田勝家は福井北ノ庄に本拠を移したため、一乗谷はその役割を終えた。
近年では遺跡の整備が行われ、街並みなどが復元されている。

日本百名城。 一乗谷川沿いの谷に開けた土地にある。越前国を支配した朝倉氏の本拠地として繁栄した。 応仁の乱で京都が荒れると、多くの人が一乗谷へ逃げてきたため、京文化が栄えた。近年は発掘や町並の復元、庭園の整備などが行われている。

(2007/2/21 作成、2014/4/20 更新)

公式動画チャンネル

見どころ

下城戸

下城戸

ここから南が一乗谷の範囲内で、南側にも上城戸が設けられていた。往時は高さ5m、長さ50m程度の規模があったと思われる。

朝倉景鏡館跡

朝倉景鏡館跡

朝倉景鏡は朝倉義景の従兄弟にあたり、重臣として大野郡司を務めた。

平面復元地区

平面復元地区

雲正寺地区のようす。一乗谷の最大の支谷である八地谷に位置する。地区を南北に走る川沿いの道が見え、川の左右は石で護岸されている。

朝倉義景館

朝倉義景館

朝倉義景館の唐門。朝倉義景の菩提を弔うために豊臣秀吉が建てた松雲院の寺門であった。

湯殿跡庭園

湯殿跡庭園

朝倉孝景の頃の庭園。

中の御殿跡

中の御殿跡

中の御殿跡の背後のようす。溝が見える

諏訪館跡庭園

諏訪館跡庭園

義景夫人の屋敷跡と伝わる。

上城戸

上城戸

上城戸は谷が狭くなっている箇所に築かれている。

復元町並

復元町並

近年城下の街並みが復元されている。

一乗谷城付近の地図

一乗谷城が載っている本

廃城をゆく

廃城をゆく3

日本100名城公式ガイドブック

よみがえる日本の城

戦国の山城をゆく―信長や秀吉に滅ぼされた世界

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