北虎口を西から見る。虎口前の通路は古くは木橋であったが、城の最終段階では土橋で裾部分には数段の石積みが施されていた
北虎口に掛けられた土橋を外側から見る。土橋は最終的に幅約3メートルあった
土橋から西方向を見る。本丸の北側の堀が見えるが、かつては障子堀と呼ばれる構造であった
土橋から東方向を見る。本丸北東隅の櫓台が見える
左右から土塁に挟まれたところには、かつての門の柱跡の可能性のある痕跡が発見されている
北虎口から南に延びる道の右手(西側)には、大きな溝が掘られていた。幅2.5~5メートル、深さは約1.5メートルで薬研状であった。
北虎口を入り右手側は建物が複数建てられていた。建物域と道は大きな溝と柵列で隔てられていた
北虎口を入り左手には空間が広がっていたものと思われる
北虎口を北西隅櫓跡から見る。本丸から土橋を渡った先に、かつて馬出があったが、現在はその様子は見て取ることができない