日本の城写真集

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見どころ紹介

小田城は鎌倉時代から戦国時代にかけて常陸国南部に勢力を張った小田家の居城である。戦国時代には小田家は近隣の江戸家、大掾家、結城家などと争った。相模の北条家が勢力を伸ばすと、当主の小田氏治は当初はこれに対抗するが、弘治2年(1556)には北条方の結城家の攻撃を受け小田城は落城した。間もなく氏治は小田城を奪還し、北条家と結ぶが、逆に永禄七年(1564)には反北条の上杉家・佐竹家に敗れ再度落城した。また小田城を奪還するものの、永禄12年(1569)に再度佐竹家、多賀谷家により城を落とされると、氏治は家臣の守る土浦城へ落ち延びた。小田城には佐竹家の家臣であった太田資政、その子・梶原政景に小田城を与えた。慶長五年(1600)には佐竹家家臣の小場義成が城主となるが、関ヶ原合戦の戦後処理で佐竹家が出羽へ転封されると、小田城は廃城された。
小田城は平城で、現在でもほぼ正方形の主郭を中心に東曲輪などが残る。かつては城跡の中心を鉄道が走っていたが、現在は廃線となっている。

鎌倉時代から戦国時代にかけて常陸国南部に勢力を張った小田家の居城。戦国時代には結城家、佐竹家、上杉家などの攻撃を受け、何度か落城の憂き目を見た。慶長五年(1600)には佐竹家家臣の小場義成が城主となるが、関ヶ原合戦の戦後処理で佐竹家が出羽へ転封されると、小田城は廃城された。小田城は平城で、現在でもほぼ正方形の主郭を中心に東曲輪などが残る。

(2013/6/30 作成)

公式動画チャンネル

小田城付近の地図

小田城が載っている本

関東の名城を歩く 北関東編: 茨城・栃木・群馬

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