日本の城写真集

日本の城写真集

小谷城

(近江国/滋賀県)

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見どころ紹介

小谷城は近江北部を支配した戦国大名・浅井氏の本拠城で、日本屈指の規模を誇る山城である。築城したのは初代・亮政で、築城年は大永四年(1534)頃と伝わる。亮政の後、久政・長政が跡を継いだ。
浅井氏は近江南部を支配する六角氏と敵対し、越前の朝倉氏と同盟関係であった。また尾張の織田信長とも同盟を結び、長政は信長の妹であるお市を娶った。しかし、信長が朝倉氏を攻撃したのを機に織田氏と絶縁し敵対した。
天正元年(1573)に織田信長の大軍に包囲され、小谷城は落城し浅井氏は滅亡した。代わりに城主として信長の家臣である羽柴秀吉が入ったが、間もなく湖畔に長浜城を築き、小谷城は廃城された。なお、発掘調査の結果、城から焼けた痕跡は見つからず、落城の際に城が焼失した事実は認められない。

日本百名城。近江北部を支配した戦国大名・浅井氏の本拠城で、日本屈指の規模を誇る山城。築城したのは初代・亮政で、築城年は大永四年頃と伝わる。天正元年に織田信長の大軍に包囲され、小谷城は落城し浅井の当主・長政と父・久政は自害した。

(2009/7/25 作成、2013/7/4 更新)

公式動画チャンネル

見どころ

大手道~番所

大手道~番所

城からの眺め

桜馬場

桜馬場

残存する石垣

赤尾屋敷

赤尾屋敷

赤尾屋敷のようす。赤尾氏は浅井氏の重臣でその屋敷があった。天正元年、織田信長軍に包囲された浅井長政は本丸から出撃したが、本丸へ戻ることができず、この屋敷で自刃した。

大広間・本丸

大広間・本丸

大広間から見る本丸。本丸は鐘の丸とも呼ばれる。発掘の結果大広間には巨大な建物が建っていたことが分かり、その名の通り大広間の役割を果たしていたのかもしれない。

中丸

中丸

中丸と本丸を隔てる空堀

京極丸・小丸

京極丸・小丸

京極丸の土塁。京極丸は浅井亮政が京極氏を迎えてここに住まわせた事に由来する。

山王丸

山王丸

山王丸に残る石垣

清水谷

清水谷

小谷城を構成する2つの尾根に挟まれた谷で、家臣団の屋敷があった。

大河ドラマ放映記念像

大河ドラマ放映記念像

NHK大河ドラマ「江」の放映記念の像。石垣は現代の穴太積みの職人が積んだホンモノの石垣である。

移築城門(実宰院山門)

移築城門(実宰院山門)

浅井歴史民俗資料館

浅井歴史民俗資料館

資料館には小谷城脇門と伝わる城門が展示されているが、カメラ撮影は禁止されている。

移築御殿(福田寺書院)

移築御殿(福田寺書院)

福田寺書院。浅井御殿と呼ばれ、小谷城から移築されたものと伝わる。

小谷城付近の地図

小谷城が載っている本

日本100名城めぐりの旅

歴史人 2013年5月号 戦国城の合戦の真実

廃城をゆく

廃城をゆく 2

廃城をゆく3

日本100名城公式ガイドブック

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