日本の城写真集

日本の城写真集

  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
見どころ紹介

仙巌園(磯御殿)

仙巌園(磯御殿)。島津家の別邸。万治元年(1658)に十九代当主・島津光久が建てたのが始まりと言われ、その後代々拡張されてきた。

公式動画チャンネル

写真

旧芹ヶ野島津家金山鉱業事業所

旧芹ヶ野島津家金山鉱業事業所

旧島津家吉野植林所

旧島津家吉野植林所

旧集成館機械工場

旧集成館機械工場

鶴嶺神社。明治二年創建。島津家代々の当主と家族が祀られている。

鶴嶺神社。明治二年創建。島津家代々の当主と家族が祀られている。

鶴嶺神社

鶴嶺神社

島津義弘公所用鎧写

島津義弘公所用鎧写

鉄製150ポンド砲。二十八代藩主・島津斉彬が安政四年(1857)に製造したもの。文久三年(1863)の薩英戦争の際に活躍した。

鉄製150ポンド砲。二十八代藩主・島津斉彬が安政四年(1857)に製造したもの。文久三年(1863)の薩英戦争の際に活躍した。

反射炉跡。大砲製造のために鉄を溶かして大砲の鋳型に流し込むための設備。嘉永六年(1853)に製造されたものは失敗するが、安政四年(1857)に再度製造に成功した。

反射炉跡。大砲製造のために鉄を溶かして大砲の鋳型に流し込むための設備。嘉永六年(1853)に製造されたものは失敗するが、安政四年(1857)に再度製造に成功した。

反射炉跡。礎には立派な石垣が建てられている。

反射炉跡。礎には立派な石垣が建てられている。

反射炉の内部

反射炉の内部

石垣

石垣

正門。明治二十八年の建築。

正門。明治二十八年の建築。

仙巌園(磯御殿)。島津家の別邸。万治元年(1658)に十九代当主・島津光久が建てたのが始まりと言われ、その後代々拡張されてきた。

仙巌園(磯御殿)。島津家の別邸。万治元年(1658)に十九代当主・島津光久が建てたのが始まりと言われ、その後代々拡張されてきた。

錫門。江戸時代には正門として使われていたもの。屋根には錫の板が葺かれている。

錫門。江戸時代には正門として使われていたもの。屋根には錫の板が葺かれている。

磯御殿。島津家の別邸。

磯御殿。島津家の別邸。

庭園

庭園

磯御殿

磯御殿

磯御殿

磯御殿

獅子乗大石灯籠。明治十七年に作られた大灯籠

獅子乗大石灯籠。明治十七年に作られた大灯籠

鶴灯籠

鶴灯籠

望嶽楼。江戸時代初期に琉球国王から薩摩藩主に贈られたものと伝わる。

望嶽楼。江戸時代初期に琉球国王から薩摩藩主に贈られたものと伝わる。

庭園

庭園

高枡。水の分岐と水量の調節を行うためのもの。

高枡。水の分岐と水量の調節を行うためのもの。

保津川

保津川

石段

石段

庭園

庭園

水力発電用ダム跡。明治二十五年の製造。

水力発電用ダム跡。明治二十五年の製造。

仙巌園から見る桜島

仙巌園から見る桜島

曲水の庭。和歌遊びである曲水の宴を開くために作られた庭。

曲水の庭。和歌遊びである曲水の宴を開くために作られた庭。

整備された芝と石垣

整備された芝と石垣

江南竹林。元文元年(1736)に二十一代藩主・島津吉貴は琉球から孟宗竹を取り寄せ植えた。孟宗竹はここから全国に広がった。

江南竹林。元文元年(1736)に二十一代藩主・島津吉貴は琉球から孟宗竹を取り寄せ植えた。孟宗竹はここから全国に広がった。

猫神。朝鮮出兵に連れて行かれた猫を祀る祠。島津義弘は朝鮮出兵の際に猫を連れてゆき、猫の瞳孔の開き具合を時計代わりに使ったと言われる。

猫神。朝鮮出兵に連れて行かれた猫を祀る祠。島津義弘は朝鮮出兵の際に猫を連れてゆき、猫の瞳孔の開き具合を時計代わりに使ったと言われる。

鹿児島城が載っている本

廃城をゆく

日本100名城公式ガイドブック

よみがえる日本の城

Discover Japan 2013年6月号

日本の城郭を歩く―古写真が語る名城50

図説江戸三百藩「城と陣屋」総覧―決定版 (西国編)

おすすめの本一覧へ
Page Top