日本の城写真集

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見どころ紹介

興国寺城は後世北条早雲と呼ばれる伊勢新九郎長氏の旗揚げの城として有名である。長氏は今川家の当主義忠の死後の後継者争いで氏親を支援し、氏親が当主となった後に恩賞として興国寺城を与えられた。長氏は興国寺城を拠点に伊豆国の堀越公方・足利茶々丸を滅ぼして伊豆国を支配下に置いた。
興国寺城は今川・武田・北条氏の国境に位置し、天文6年(1537)からは今川氏、永禄12年(1569)からは再び北条氏、元亀2年(1571)頃から武田氏が支配した。さらに武田氏滅亡後は徳川が、徳川氏の関東移封により豊臣氏が支配した。
関ヶ原の合戦後には、天野康景が城主となったが、康景は無実の足軽の罪をかばって逐電し、興国寺城は廃城となった。

興国寺城は北条早雲(伊勢新九郎長氏)の旗揚げの城として有名である。今川家家臣であった長氏は功を挙げ興国寺城を与えられ、ここを拠点に伊豆国の堀越公方・足利茶々丸を滅ぼして伊豆国を支配下に置いた。巨大な土塁と深い堀切を擁する。

(2008/2/12 作成)

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興国寺城付近の地図

興国寺城が載っている本

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