二条城 清流園 | 日本の城写真集

二条城 清流園 | 日本の城写真集

  • 二条城 清流園 加茂七石
  • 二条城 清流園 清流園。二の丸北側にあり、北仕切門のすぐ東に位置する。豪商・角倉家の屋敷跡の建築資材や庭石、樹木を用い昭和40年(1965)に造られた迎賓施設。
  • 二条城 清流園 和楽亭。現在は茶房として営業している。
  • 二条城 清流園 香雲亭
  • 二条城 清流園 徳川家康が二条城を築いた当初は今よりも城域が狭く、このあたりが城の北西端に当たり、大和郡山城から移築されてきたと言われる天守が建っていた。この天守は寛永の時に淀城に移築されたと言う。
  • 二条城 清流園 庭園は和風庭園と芝生の洋風庭園からなる
二条城写真撮影スポット紹介

徳川家康が築城した当初はこのあたりに大和郡山城から移築されてきたと言われる天守が建っていた。この天守は寛永の時に淀城に移築されたと言う。

写真

加茂七石

加茂七石

清流園。二の丸北側にあり、北仕切門のすぐ東に位置する。豪商・角倉家の屋敷跡の建築資材や庭石、樹木を用い昭和40年(1965)に造られた迎賓施設。

清流園。二の丸北側にあり、北仕切門のすぐ東に位置する。豪商・角倉家の屋敷跡の建築資材や庭石、樹木を用い昭和40年(1965)に造られた迎賓施設。

和楽亭。現在は茶房として営業している。

和楽亭。現在は茶房として営業している。

香雲亭

香雲亭

徳川家康が二条城を築いた当初は今よりも城域が狭く、このあたりが城の北西端に当たり、大和郡山城から移築されてきたと言われる天守が建っていた。この天守は寛永の時に淀城に移築されたと言う。

徳川家康が二条城を築いた当初は今よりも城域が狭く、このあたりが城の北西端に当たり、大和郡山城から移築されてきたと言われる天守が建っていた。この天守は寛永の時に淀城に移築されたと言う。

庭園は和風庭園と芝生の洋風庭園からなる

庭園は和風庭園と芝生の洋風庭園からなる

二条城が載っている本

日本100名城公式ガイドブック

築城の名手 藤堂高虎

織田信長の城

城から見た信長

カラー図解 城の攻め方・つくり方

日本100名城めぐりの旅

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