熊本城 | 日本の城写真集

熊本城 | 日本の城写真集

熊本城

肥後国熊本県 / 収録写真枚数:271枚

  • 熊本城 西大手門
  • 熊本城 南大手門
  • 熊本城 奉行丸
  • 熊本城 櫨方門・馬具櫓
  • 熊本城 須戸口門
  • 熊本城 竹の丸
  • 熊本城 東竹の丸
  • 熊本城 二様の石垣
  • 熊本城 飯田丸 五階櫓
  • 熊本城 数奇屋丸 二階御広間
  • 熊本城 頬当御門
  • 熊本城 宇土櫓
  • 熊本城 宇土櫓を城内側から
  • 熊本城 宇土櫓内部
  • 熊本城 本丸御殿
  • 熊本城 闇り通路
  • 熊本城 本丸御殿内(大台所棟)
  • 熊本城 本丸御殿内(大広間棟)
  • 熊本城 天守(西側)
  • 熊本城 天守(東側)
  • 熊本城 五間櫓・北十八間櫓
  • 熊本城 東十八間櫓
  • 熊本城 不開門
  • 熊本城 西出丸
  • 熊本城 二の丸御門跡
  • 熊本城 監物櫓
  • 熊本城 坪井川・長塀
  • 熊本城 備前堀
  • 熊本城 田子櫓
  • 熊本城 十四間櫓、七間櫓
  • 熊本城 四間櫓
  • 熊本城 源之進櫓
  • 熊本城 夜の宇土櫓
熊本城の写真撮影スポット紹介

熊本城は日本三名城に数えられる名城である。
元々この地には応仁年間に肥後国守護・菊池氏の一族が築いた千葉城、その後に鹿子木氏が築いた隈本城があった。
現在の熊本城を築城したのは加藤清正で、慶長六年(1601)頃から築城が開始され、慶長十二年(1607)に完成した。その石垣は上に行くほど反りがきつくなる構造で、武者返しと呼ばれる。清正は江戸幕府の大名となったが元は豊臣秀吉の重臣であり、熊本城には秀吉の子・秀頼を迎え入れる構想があったのでは、と言われている。本丸御殿のもっとも格式の高い昭君の間は秀頼のための部屋だった可能性がある。
江戸時代に加藤家が改易されると、細川家が入り幕末を迎えた。明治十年(1877)には西南戦争の舞台となり、天守を始め多くの建物が焼失したが、薩摩軍の攻撃を撃退したことでその堅城ぶりを証明した。
現在でも宇土櫓をはじめ13棟の建造物が現存する他、大小天守や本丸御殿など、多くの建物が再建され、見所の多い名城である。

日本三名城、日本百名城。築城者は加藤清正で1607年に完成した。その石垣は上に行くほど反りがきつくなる構造で武者返しと呼ばれる。現在でも宇土櫓をはじめ13棟の建造物が現存する他、大小天守や本丸御殿など多くの建物が再建された。

(2008/5/11 作成、2010/4/30 更新、2015/12/28 更新)

熊本城の写真撮影スポット

当サイト管理人(けいすけ)が全写真を撮影。名古屋城の人気の撮影スポットをご紹介します。

熊本城付近の地図

熊本城が載っている本

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47都道府県別 よみがえる日本の城

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カラー図解 城の攻め方・つくり方

日本100名城めぐりの旅

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