日本の城写真集

日本の城写真集

伊勢亀山城

(伊勢国/三重県)

  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
  • slide
見どころ紹介

伊勢亀山城は文永2年(1265)に関実忠が築城した城である。以降関氏の本拠城となるが、元亀4年(1573)に織田信長が伊勢に侵攻し、関氏当主・盛信は追放された。
その後天正18年(1590)に岡本宗憲が伊勢亀山に入り、新たに築城を行った。寛永9年(1632)には、丹波亀山城の天守解体の幕命を受けた堀尾忠晴が、誤って伊勢亀山城の天守を解体したと伝わるエピソードがある。寛永13年(1636)には本多俊次が入封され、城の改修を行った。城は東海道沿いにあり、城下の亀山宿は東海道の宿場であった。そのため、伊勢亀山城は将軍上洛の際の宿の役割も果たしたので、本丸は将軍用に空けられ、城主は二の丸に所在した。

文永2年に関実忠が築城して以降関氏の本拠城となるが、織田信長が伊勢に侵攻し関氏当主・盛信は追放された。寛永13年には本多俊次が入封され、城の改修を行った。城は東海道沿いにあるため、将軍上洛の際の宿の役割も果たした。

(2009/2/22 作成、2013/7/19更新)

公式動画チャンネル

見どころ

本丸多聞櫓(城外側から)

本丸多聞櫓(城外側から)

創建年代は諸説あるが、寛永10年(1633)に描かれた絵図に存在するので、その年には建てられていたと思われる。

本丸多聞櫓(城内側から)

本丸多聞櫓(城内側から)

多聞櫓を城内側から

本丸

本丸

三重櫓跡。本丸北側の土塁上に建っていた。寛永18年(1641)に天守代用の三重櫓として建てられた。

二之丸

二之丸

築山。二の丸御殿に作られた小山。発掘調査で見つかった瓦を使い、築山のあった位置を示している。

二の丸北埋門

二の丸北埋門

埋門を上から覗く。埋門上には平櫓の二の丸北櫓が建っていた。

二の丸北帯曲輪

二の丸北帯曲輪

城主の居館のあった二の丸北側を守る曲輪を見下ろす。近年の整備事業によって往時の姿に戻った。

西の丸

西の丸

西の丸外堀。寛永13年(1636)に本多俊次が入封した際に築かれたとされる堀。石垣ではなく、土塁づくりであったと思われる。近年復元された。

移築櫓(本宗寺本堂)

移築櫓(本宗寺本堂)

城の西側にある本宗寺の本堂には亀山城の三重櫓遺材が用いられている。

移築書院(遍照寺本堂)

移築書院(遍照寺本堂)

二之丸御殿の玄関と式台の一部を移築したもの。

伊勢亀山城付近の地図

伊勢亀山城が載っている本

よみがえる日本の城

Discover Japan 2013年6月号

日本の城郭を歩く―古写真が語る名城50

図説江戸三百藩「城と陣屋」総覧―決定版 (西国編)

三重の山城ベスト50を歩く

おすすめの本一覧へ
Page Top