首里城 広福門 | 日本の城写真集

首里城 広福門 | 日本の城写真集

  • 首里城 広福門 広福門。門の左は争いを調停する「大与座」、右は神社仏閣を管理する「寺社座」という役所であった。創建は不明で明治末期に撤去されていたが、1992年に復元された。
  • 首里城 広福門 広福門
  • 首里城 広福門 広福門脇の北殿
  • 首里城 広福門 日影台。昔の日時計で、十二支が刻印された石盤に銅製の棒の影を落とすことで時刻を示していた。沖縄戦で失われたが、2000年に復元された。なお、ここで示される時刻は、日本の標準時より30分程遅れている。
  • 首里城 広福門 万国津梁の鐘。1458年に鋳造された銅鐘の複製。実物は沖縄県立博物館に所蔵されている。かつて正殿の前に掛けられていた。
  • 首里城 広福門 広福門前から下を見下ろす。右は久慶門、前方には歓会門が見える。
  • 首里城 広福門 広福門を内側から
首里城写真撮影スポット紹介

門の左は争いを調停する「大与座」、右は神社仏閣を管理する「寺社座」という役所であった。創建は不明で明治末期に撤去されていたが、1992年に復元された。

写真

広福門。門の左は争いを調停する「大与座」、右は神社仏閣を管理する「寺社座」という役所であった。創建は不明で明治末期に撤去されていたが、1992年に復元された。

広福門。門の左は争いを調停する「大与座」、右は神社仏閣を管理する「寺社座」という役所であった。創建は不明で明治末期に撤去されていたが、1992年に復元された。

広福門

広福門

広福門脇の北殿

広福門脇の北殿

日影台。昔の日時計で、十二支が刻印された石盤に銅製の棒の影を落とすことで時刻を示していた。沖縄戦で失われたが、2000年に復元された。なお、ここで示される時刻は、日本の標準時より30分程遅れている。

日影台。昔の日時計で、十二支が刻印された石盤に銅製の棒の影を落とすことで時刻を示していた。沖縄戦で失われたが、2000年に復元された。なお、ここで示される時刻は、日本の標準時より30分程遅れている。

万国津梁の鐘。1458年に鋳造された銅鐘の複製。実物は沖縄県立博物館に所蔵されている。かつて正殿の前に掛けられていた。

万国津梁の鐘。1458年に鋳造された銅鐘の複製。実物は沖縄県立博物館に所蔵されている。かつて正殿の前に掛けられていた。

広福門前から下を見下ろす。右は久慶門、前方には歓会門が見える。

広福門前から下を見下ろす。右は久慶門、前方には歓会門が見える。

広福門を内側から

広福門を内側から

首里城が載っている本

日本100名城公式ガイドブック

沖縄の名城を歩く 上里隆史・山本正昭編集

琉球王国のグスク

尚氏と首里城 上里隆史著

おしろツアーズ

47都道府県別 よみがえる日本の城 香川元太郎著

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