松江城 武家屋敷 | 日本の城写真集

松江城 武家屋敷 | 日本の城写真集

  • 松江城 武家屋敷 塩見縄手のようす。松江藩主・松平直政の家臣・塩見小兵衛がここに屋敷を構え、異例の出世を遂げたことから、塩見縄手と呼ばれるようになった。往時には中級武士の屋敷が並んでいた。
  • 松江城 武家屋敷 武家屋敷の長屋門。昭和62年に往時の姿に復元された。
  • 松江城 武家屋敷 武家屋敷の長屋門。中間の住居としても使われた。
  • 松江城 武家屋敷 武家屋敷邸内見取図
  • 松江城 武家屋敷 武家屋敷。左に玄関が見える。
  • 松江城 武家屋敷 盛り砂。日本刀は普段使わないと切れ味が落ちるため、この砂を斬りつけていたと言う。通常の武家屋敷にはあったとか。
  • 松江城 武家屋敷 式台玄関に展示される姫駕籠、足盥
  • 松江城 武家屋敷 座敷の様子
  • 松江城 武家屋敷 屋敷の裏側
  • 松江城 武家屋敷 室内の展示
  • 松江城 武家屋敷 当主居間の展示
  • 松江城 武家屋敷 奥方居間の展示
  • 松江城 武家屋敷 庭園
  • 松江城 武家屋敷 井戸と屋敷
  • 松江城 武家屋敷 裏門
  • 松江城 武家屋敷 味噌部屋(使用人の作業部屋)を模して造られた休憩所
  • 松江城 武家屋敷 長屋門の内側
  • 松江城 武家屋敷 内堀。城が築かれるまでは、左の天守のある山と右の台地は陸続きであったが、築城時に掘られて水濠となった。
松江城写真撮影スポット紹介

塩見縄手のようす。その名は松江藩主・松平直政の家臣・塩見小兵衛がここに屋敷を構え、異例の出世を遂げたことに由来する。往時は中級武士の屋敷が並んだ。

写真

塩見縄手のようす。松江藩主・松平直政の家臣・塩見小兵衛がここに屋敷を構え、異例の出世を遂げたことから、塩見縄手と呼ばれるようになった。往時には中級武士の屋敷が並んでいた。

塩見縄手のようす。松江藩主・松平直政の家臣・塩見小兵衛がここに屋敷を構え、異例の出世を遂げたことから、塩見縄手と呼ばれるようになった。往時には中級武士の屋敷が並んでいた。

武家屋敷の長屋門。昭和62年に往時の姿に復元された。

武家屋敷の長屋門。昭和62年に往時の姿に復元された。

武家屋敷の長屋門。中間の住居としても使われた。

武家屋敷の長屋門。中間の住居としても使われた。

武家屋敷邸内見取図

武家屋敷邸内見取図

武家屋敷。左に玄関が見える。

武家屋敷。左に玄関が見える。

盛り砂。日本刀は普段使わないと切れ味が落ちるため、この砂を斬りつけていたと言う。通常の武家屋敷にはあったとか。

盛り砂。日本刀は普段使わないと切れ味が落ちるため、この砂を斬りつけていたと言う。通常の武家屋敷にはあったとか。

式台玄関に展示される姫駕籠、足盥

式台玄関に展示される姫駕籠、足盥

座敷の様子

座敷の様子

屋敷の裏側

屋敷の裏側

室内の展示

室内の展示

当主居間の展示

当主居間の展示

奥方居間の展示

奥方居間の展示

庭園

庭園

井戸と屋敷

井戸と屋敷

裏門

裏門

味噌部屋(使用人の作業部屋)を模して造られた休憩所

味噌部屋(使用人の作業部屋)を模して造られた休憩所

長屋門の内側

長屋門の内側

内堀。城が築かれるまでは、左の天守のある山と右の台地は陸続きであったが、築城時に掘られて水濠となった。

内堀。城が築かれるまでは、左の天守のある山と右の台地は陸続きであったが、築城時に掘られて水濠となった。

松江城が載っている本

日本100名城公式ガイドブック

城の科学 個性豊かな天守の「超」技術 萩原さちこ著

47都道府県別 よみがえる日本の城 香川元太郎著

レンズが撮らえた幕末日本の城―永久保存版 來本雅之著

カラー図解 城の攻め方・つくり方 中井均監修・かみゆ歴史編集部編著

わくわく城めぐり ビギナーも楽しめる〈城旅〉34 萩原さちこ著

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