日本の城写真集

日本の城写真集

松江城

(出雲国/島根県)

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見どころ紹介

全国に12ある天守が現存する城の1つ。2015年7月8日に天守が国宝に指定された。かつては宍道湖に面していたため、日本三大湖城のひとつに数えられる。
関ヶ原合戦で東軍に与した堀尾吉晴は合戦後に出雲国に封じられ、当初は月山冨田城を居城としたが、より便利で土地の開けた地に築城したのがこの松江城である。竣工は慶長16年(1611)で、吉晴はこの直前に死去しており、忠氏が城主となった。
堀尾氏の後は、京極氏を経て松平家が入った。明和4年(1767)に藩主となった松平治郷は茶人としても有名で、不昧公として知られる。治郷は改革により藩政を立て直すものの、その後茶器収集で藩政を傾けた。またお茶請けの和菓子も盛んに造られ、その後松江の名産品の一つになった。

天守の現存する城、国宝天守。三大湖城(宍道湖畔)、日本百名城。堀尾吉晴は関ヶ原合戦後に出雲国に封じられると、当初は月山冨田城を居城としたが、より便利で土地の開けた松江に築城した。櫓や門などの復元も進められ、城全体が非常に美しい。

(2007/5/1 作成、2013/10/19 更新)

公式動画チャンネル

見どころ

大手木戸門跡

大手木戸門跡

大手木戸門跡を中に入ると枡形状の空間である馬溜跡がある。馬溜は一辺46m程の正方形の空間。

大手門跡

大手門跡

大手門跡。往時には鯱をつけた巨大な櫓門が設けられていた。

太鼓櫓

太鼓櫓

二の丸に三棟並んでいる櫓の一つで一番北側に位置する。平櫓で、内部には城下に時を告げる太鼓が設置されていた。

中櫓

中櫓

中櫓(右)と南櫓(左)。二の丸に三棟並ぶ櫓のうち、真ん中に位置する。平櫓で通常は武具が収納され、幕末には「御具足倉」と呼ばれていた。

南櫓

南櫓

二階櫓で、幕末には「御召蔵」と呼ばれた。

二ノ丸下ノ段

二ノ丸下ノ段

二ノ丸下ノ段の石垣。二ノ丸下ノ段には往時には米蔵や屋敷があった。

三ノ門跡

三ノ門跡

二ノ丸

二ノ丸

平面整備された下御台所と御式台。二の丸にはかつて御殿があり藩主の居住・政務の場所であった。

二ノ門跡

二ノ門跡

二ノ門跡を振り返る

一ノ門

一ノ門

現在の門は往時とは位置が異なり、奥まった位置に門がある。

天守

天守

天守近影。天守は現存するもの。黒い天守が美しくもあり、また武骨で力強い印象を与える。天守手前には附櫓が付属する。

天守内

天守内

天守内のようす。柱は複数の木材から作られた寄木柱である。

本丸

本丸

祈祷櫓跡から見る本丸東側石垣。往時にはここには多聞櫓があり、武具櫓から天守右脇の祈祷櫓まで結んでいた。

北ノ門跡

北ノ門跡

北ノ門跡を外側から

水手門跡

水手門跡

水手門跡の石垣

ぎりぎり門跡・脇虎口ノ門跡・北惣門橋

ぎりぎり門跡・脇虎口ノ門跡・北惣門橋

北惣門橋。江戸時代は木橋だったが、明治時代に石造りのアーチ橋に架け替えられた。平成六年には往時の規模・姿で木橋が復元された。

西ノ門跡

西ノ門跡

西ノ門跡と本丸石垣

千鳥橋

千鳥橋

千鳥橋。城の中心部と御殿のあった三の丸を結ぶ橋。屋根の架かる廊下橋であった。

水濠

水濠

稲荷橋と水濠

武家屋敷

武家屋敷

塩見縄手のようす。その名は松江藩主・松平直政の家臣・塩見小兵衛がここに屋敷を構え、異例の出世を遂げたことに由来する。往時は中級武士の屋敷が並んだ。

明々庵

明々庵

松江藩主で茶人としても有名な松平不昧公が家老の有澤家に造った茶室。安永八年(1779)の建築。昭和41年に現在の赤山の地に移築された。

松江城付近の地図

松江城が載っている本

わくわく城めぐり ビギナーも楽しめる〈城旅〉34

日本100名城公式ガイドブック

よみがえる日本の城

Discover Japan 2013年6月号

松平定知さんと歩く 全国名城・古戦場めぐり

日本の城郭を歩く―古写真が語る名城50

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