日本の城 写真集
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金沢城

金沢城(加賀国/石川県)

金沢城は金沢平野を流れる犀川と浅野川に挟まれた地に築かれている。現在金沢城のある場所には元々尾山御坊があり、加賀国を支配した一向一揆の本拠地であった。
天正8年(1580)には織田信長の部下・佐久間盛政が尾山御坊を攻略し、金沢城主となった。佐久間盛政は柴田勝家に従っていたが、信長の死後の賤ヶ岳の戦いで豊臣秀吉に敗れ、かわりに前田利家が城主となった。
前田利家は秀吉の部下として活躍し、次第に領地を加増され、ついには能登・加賀・越中の100万石を治める大大名として成長し、金沢城はその支配の拠点として機能した。秀吉の死後、利家も間もなく死去し、子の利長が跡を継いだ。利長は家康に従い前田家金沢100万石を存続させ、以降も金沢城はその首都として栄えた。
往時には五重の天守閣があったが、慶長7年(1602)に焼失してしまい、再建されなかった。またかつては敷地内に金沢大学があったが、平成7年(1995)に大学は移転し城跡公園として整備され、現在でも石川門や三十間櫓等の建物が現存する他、菱櫓・河北門・橋爪門続櫓・五十間長屋が復元されており、さらに橋爪門などの復元が進められている。また、城の向かいには大名庭園である兼六園がある。

(2007/9/19 作成、2014/3/30 更新、2016/9/22 更新)



金沢城のみどころ
百間堀跡
金沢城 百間堀跡
石川門
金沢城 石川門
石川門枡形内
金沢城 石川門枡形内
石川門櫓門
金沢城 石川門櫓門
三の丸
金沢城 三の丸
大手門口跡(尾坂門)
金沢城 大手門口跡(尾坂門)
河北門一の門
金沢城 河北門一の門
河北門二の門
金沢城 河北門二の門
菱櫓
金沢城 菱櫓
五十間長屋
金沢城 五十間長屋
橋爪門続櫓
金沢城 橋爪門続櫓
橋爪門一の門
金沢城 橋爪門一の門
橋爪門二の門
金沢城 橋爪門二の門
二の丸北面石垣
金沢城 二の丸北面石垣
二の丸裏口門跡
金沢城 二の丸裏口門跡
土橋門跡
金沢城 土橋門跡
切手門
金沢城 切手門
数寄屋敷石垣
金沢城 数寄屋敷石垣
二の丸
金沢城 二の丸
三十間長屋
金沢城 三十間長屋
本丸
金沢城 本丸
鶴の丸
金沢城 鶴の丸
鶴丸倉庫
金沢城 鶴丸倉庫
いもり堀跡
金沢城 いもり堀跡
鯉喉櫓台
金沢城 鯉喉櫓台
申酉櫓下付近の石垣
金沢城 申酉櫓下付近の石垣
薪の丸石垣
金沢城 薪の丸石垣
玉泉院丸庭園
金沢城 玉泉院丸庭園
玉泉院丸庭園(北側)
金沢城 玉泉院丸庭園(北側)
玉泉院丸庭園石垣群
金沢城 玉泉院丸庭園石垣群
色紙短冊積石垣
金沢城 色紙短冊積石垣
鼠多門・鼠多門橋跡
金沢城 鼠多門・鼠多門橋跡
移築城門(尾崎神社裏門)
金沢城 移築城門(尾崎神社裏門)
移築御殿(中村神社拝殿)
金沢城 移築御殿(中村神社拝殿)

城内地図(別窓)


加賀国の城
金沢城
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大聖寺城
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小松城
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金沢城 百間堀跡

百間堀跡

百間堀跡から見た石川門。百間堀は今は道路となっているが、往時は水堀で、城の南東側の大地続きの地形を断ち切り、敵の侵入を防いでいる。

金沢城 石川門

石川門

石川門は金沢城の搦手門で、厳重な守りの枡形門である。現在の建造物は宝暦の大火後の1788年に再建されたもの。瓦を漆喰で塗り固めた海鼠壁が見える。

金沢城 石川門枡形内

石川門枡形内

石川門枡形内のようす。正面は切込ハギ、左手は打込ハギの石垣。同じ枡形門内で石垣の形式が異なるのは珍しい。明和二年(1765)頃に積まれたものと思われる。

金沢城 石川門櫓門

石川門櫓門

金沢城の搦手門で、厳重な守りの枡形門である。現在の建造物は宝暦の大火後の1788年に再建されたもの。飾り屋根の出窓が見えるが、枡形門内部にあるのは珍しい。

金沢城 三の丸

三の丸

左から、橋爪門続櫓・五十間長屋・菱櫓。1881年に焼失したものを2001年に再建した。日本古来の伝統工法により建設された。石落の出窓には唐破風の屋根が付く。

金沢城 大手門口跡(尾坂門)

大手門口跡(尾坂門)

大手門正面には鏡石と呼ばれる巨石が用いられている。写真は大手門右手の石垣で、やはり巨石が用いられている。

金沢城 河北門一の門

河北門一の門

河北門一の門右脇のようす。石垣の下半分(灰色の石)は野面積み、上半分(赤色の石)の両脇は打込ハギ、両端は切込ハギ、と3種類の積み方が見える。

金沢城 河北門二の門

河北門二の門

河北門二の門を枡形内から。河北門は2010年に復元され、その姿は安永元年(1772)に再建されたものに基づく。堅固な枡形門で枡形の石垣は美しい切込ハギ。

金沢城 菱櫓

菱櫓

三層の物見櫓で、尾坂門・河北門・石川門を一望できるように菱形をしているので、菱櫓と呼ばれる。2001年に文化の大火後(1808年)の姿に復元された。

金沢城 五十間長屋

五十間長屋

橋爪門続櫓と菱櫓をつなぐ二層の多聞櫓。二の丸の広大な御殿を守るために非常に長い櫓となっている。普段は倉庫として、戦闘時は迎撃拠点として用いられる。

金沢城 橋爪門続櫓

橋爪門続櫓

二の丸正門である橋爪門に隣接する場所にある、三層三階の櫓。三の丸に侵入した敵が橋爪門を突破しようとするのを防ぐ。

金沢城 橋爪門一の門

橋爪門一の門

橋爪門は二の丸の大手門で、二の丸御殿に至る最後の関門。文化五年(1808)の火災で焼失したのち、文化六年に復元された姿で平成11~12年に建てられた。

金沢城 橋爪門二の門

橋爪門二の門

橋爪門は枡形門で、二の門は櫓門である。金沢城で最も格式高い門で、二の門の表面には帯金物鋲打と呼ばれる黒金が帯状に貼られ、黒金には意匠が施されている。

金沢城 二の丸北面石垣

二の丸北面石垣

菱櫓脇から西側に伸びる水堀沿いに、二の丸北面石垣が見える。石垣に排水口が見える。

金沢城 二の丸裏口門跡

二の丸裏口門跡

二の丸北面石垣に沿って西に向かうと、二の丸裏口門に至る。門跡の石垣が残る。

金沢城 土橋門跡

土橋門跡

さらに西に進み右手ある土橋門跡。切込ハギの石垣に組み込まれた六角形の石(亀甲石)は、水に親しむ亀を表したもので、防火の願いが込められている。

金沢城 切手門

切手門

二の丸最西部にある現存の門。切手門をはいると数寄屋敷である。

金沢城 数寄屋敷石垣

数寄屋敷石垣

当時藩主の側室たちが居住した。切込ハギで布積みの石垣には刻印が見える

金沢城 二の丸

二の丸

二の丸にはかつては千畳敷と形容される御殿が建てられ、藩庁として利用されていた。写真左端に見える建物は菱櫓、横に長い建物は五十間長屋。

金沢城 三十間長屋

三十間長屋

1759年に焼失したのち、1858年に再建された長屋で、重要文化財。実際には長さは26.5間である。東面には出窓が3つ設けられており、櫓台石垣は切込ハギ。

金沢城 本丸

本丸

本丸には10の多重櫓が建ち、周囲を多聞櫓が周囲を囲んでいた。かつては金沢大学の植物園になっており、貴重な植物もある。前田利家の建てた天守もあったが焼失した。

金沢城 鶴の丸

鶴の丸

東の丸北面石垣。前田利家が改修した野面積みの石垣。この石垣は城内で最も古い技法が用いられており、初期の金沢城の姿を伝える貴重なもの。

金沢城 鶴丸倉庫

鶴丸倉庫

江戸時代末期の嘉永元年(1848)に立てられた土蔵。国内最大規模の土蔵。

金沢城 いもり堀跡

いもり堀跡

本丸南面の高石垣。明治時代に上部が壊されて今の姿になるが、もとの高さ約22m以上ある城内随一の高石垣であった。かつては石垣上に辰巳櫓が建っていた。

金沢城 鯉喉櫓台

鯉喉櫓台

いもり堀の南東端に設けられたもの。明治40年のいもり堀埋め立ての際に取り壊されたが、平成22年に復元された。

金沢城 申酉櫓下付近の石垣

申酉櫓下付近の石垣

申酉櫓下付近の石垣。石垣に斜めのラインが入り、その右側は慶長年間の石垣で加工は荒く、左は寛永年間に継ぎだされたものでより奇麗に加工されている。

金沢城 薪の丸石垣

薪の丸石垣

いもり坂から見る薪の丸の石垣。いもり坂は江戸時代には無かった。切込ハギの石垣だが、表面の膨らみは加工されていない「金場取り残し積み」と呼ばれる積み方。

金沢城 玉泉院丸庭園

玉泉院丸庭園

明治時代に一度無くなったが、平成27年に復元された。池に大中小3つの島がうかび、橋で結ばれている。芝生と松の緑が鮮やか。向こうには美しい石組みが見える。

金沢城 玉泉院丸庭園(北側)

玉泉院丸庭園(北側)

段落ちの滝。発掘調査により、4段の滝が見つかり、遺構を埋め戻したうえで滝が復元された。色紙短冊積石石垣付近の滝壺が滝の水源であったと言う。

金沢城 玉泉院丸庭園石垣群

玉泉院丸庭園石垣群

金沢城の石垣には概ね「戸室石」が用いられるが、一つだけ黒色の「坪野石」が混ざっている。色の変化を楽しむための細工と言われる。

金沢城 色紙短冊積石垣

色紙短冊積石垣

縦長や横長の石、六角形の石、赤色や黒色の石など、多種多様の石で組まれたユニークな意匠の石垣。玉泉院丸庭園の背景としての役割を果たした。

金沢城 鼠多門・鼠多門橋跡

鼠多門・鼠多門橋跡

玉泉院丸鼠多門周辺の石垣。かつてこの当たりには玉泉院丸と金谷出丸(今の尾崎神社)を結ぶ木橋が架けられていた。写真に見える窪みに橋脚が建っていた。

金沢城 移築城門(尾崎神社裏門)

移築城門(尾崎神社裏門)

安土桃山時代の様式の唐門。かつての金沢城二の丸の門であったものが、城の西隣にある尾崎神社に移築されている。

金沢城 移築御殿(中村神社拝殿)

移築御殿(中村神社拝殿)

金沢城内の能舞台を移築したもの。江戸時代末の建築。中村神社は金沢市内にある。


▼金沢城付近の地図


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▼金沢城が載っている本
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