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金沢城
現在金沢城のある場所には元々尾山御坊があり、加賀国を支配した一向一揆の本拠地であった。 天正8年(1580)には織田信長の部下・佐久間盛政が尾山御坊を攻略し、金沢城主となった。佐久間盛政は柴田勝家に従っていたが、信長の死後の賤ヶ岳の戦いで豊臣秀吉に敗れ、かわりに前田利家が城主となった。 前田利家は秀吉の部下として活躍し、次第に領地を加増され、ついには能登・加賀・越中の100万石を治める大大名として成長し、金沢城はその支配の拠点として機能した。秀吉の死後、利家も間もなく死去し、子の利長が跡を継いだ。利長は家康に降伏し前田家金沢100万石を存続させ、以降も金沢城はその首都として栄えた。 現在でも石川門や三十間櫓等の建物が現存する他、菱櫓・橋爪門・橋爪門続櫓・五十間長屋が復元されており、さらに河北門、橋爪門などの復元が進められている。また、城の向かいには大名庭園である兼六園がある。
(2007/9/19 作成)
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▼いもり堀跡
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▼百間堀跡
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▼石川橋・石川門
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▼三の丸
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▼新丸
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▼土橋門〜玉泉院丸
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▼二の丸
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▼建物内
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▼本丸
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▼鶴の丸
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Copyright(C) 2007-2009 日本の城 写真集
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