小田原城 | 日本の城写真集

小田原城 | 日本の城写真集

小田原城

相模国神奈川県 / 収録写真枚数:126枚

  • 小田原城 外堀・二の丸隅櫓
  • 小田原城 馬出門
  • 小田原城 馬屋曲輪
  • 小田原城 銅門内仕切門
  • 小田原城 銅門櫓門
  • 小田原城 常盤木門
  • 小田原城 天守
  • 小田原城 御用米曲輪
  • 小田原城 小峰曲輪
  • 小田原城 本丸石垣
  • 小田原城 箱根口門跡
  • 小田原城 大手門跡
  • 小田原城 幸田口門跡
  • 小田原城 北条氏政・氏照の墓所
  • 小田原城 早川口跡
  • 小田原城 八幡山古郭東曲輪
  • 小田原城 小峰大堀切
  • 小田原城 総構稲荷森
  • 小田原城 総構山ノ神堀切
  • 小田原城 総構城下張出
  • 小田原城 北条早雲像
小田原城の写真撮影スポット紹介

小田原城は、室町時代末期に扇谷上杉家家臣の大森氏の城であったが、伊豆国を支配していた北条早雲により奪われた。城は北条氏によって拡張され、北条氏五代約百年間に渡る支配の本拠地となった。
堅固な守りで有名で、上杉謙信・武田信玄による攻撃を撃退している。また、豊臣秀吉による関東討伐前には城下町を含む周囲約9kmの惣構によって城域が囲まれた。しかし時代は天下統一に傾き、豊臣秀吉の攻撃に対しても北条氏は小田原城に篭城するが、約三ヶ月後に降伏、開城した。
戦国大名・北条氏は滅亡し、戦後は徳川家康の関東入封によって家臣・大久保忠世が城主となった。子の忠隣が失脚したことにより一度は廃城とはったが、再び改修され城主として大久保氏が復帰した。江戸時代中には富士山の噴火や地震に何度も見舞われ、そのたびに復興してきた。天明2年(1782)の天明地震の際には天守が30度も傾いてしまい、天守に大縄をかけて引き起こされた。
現在小田原城に建つ天守は昭和35年に建造された復興天守である。

日本百名城。後北条氏五代約百年間に渡る支配の本拠地となった。堅固な守りで有名で、上杉謙信・武田信玄による攻撃を撃退している。また、豊臣秀吉による関東討伐前には城下町を含む周囲約9kmの惣構によって城域が囲まれた。現在の天守は昭和35年に建造されたもの。

(2007/11/23 作成、 2014/4/29 更新)

小田原城の写真撮影スポット

当サイト管理人(けいすけ)が全写真を撮影。名古屋城の人気の撮影スポットをご紹介します。

小田原城付近の地図

小田原城が載っている本

日本100名城公式ガイドブック

関東の名城を歩く 南関東編: 埼玉・千葉・東京・神奈川

神奈川中世城郭図鑑

歴史作家の城めぐり

47都道府県別 よみがえる日本の城

司馬遼太郎と城を歩く

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