日本の城 写真集
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小諸城

小諸城(信濃国/長野県)

小諸城は養和元年(1181)に木曽義仲の配下であった小室光兼が館を築いた事に始まる。
その後、当地は大井氏が支配したが、甲斐から侵入してきた武田信玄に攻略された。この時、山本勘助と馬場信房によって城の縄張りがされたと伝えられる。武田家の重臣・武田信豊(信玄の甥)などが城主を務めるが、武田氏滅亡後は織田信長の、本能寺の変後は徳川家康の支配下となり、依田信蕃、仙石氏が城主となった。この仙石氏の時代に現在の城の形となった。大手門も仙石氏時代の建築であり、国指定重要文化財に指定されている。
通常城郭は市街地よりも高い所にあるが、小諸城は市街地よりも低いところに位置し「穴城」と呼ばれている。ただし城の西側は千曲川の断崖に面していて、守りが堅固である。

(2007/10/25 作成、2014/11/12 更新)



小諸城のみどころ
大手門
小諸城 大手門
大手門城内側
小諸城 大手門城内側
三の門
小諸城 三の門
二の門跡
小諸城 二の門跡
二の丸
小諸城 二の丸
北丸
小諸城 北丸
南丸
小諸城 南丸
黒門橋
小諸城 黒門橋
本丸
小諸城 本丸
天守台
小諸城 天守台
本丸石垣
小諸城 本丸石垣
馬場
小諸城 馬場
水の手展望台
小諸城 水の手展望台
武器庫
小諸城 武器庫
地獄谷
小諸城 地獄谷
移築城門(光岳寺山門)
小諸城 移築城門(光岳寺山門)
移築城門(正眼院山門)
小諸城 移築城門(正眼院山門)

城内地図(別窓)


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小諸城 大手門

大手門

仙石秀久が小諸城を築いた慶長17年(1612)頃の建築。当時は瓦葺の門は珍しく「瓦門」とも呼ばれた。明治維新後、改装し使用されていたが平成20年に復元された。

小諸城 大手門城内側

大手門城内側



小諸城 三の門

三の門

重要文化財。関ヶ原合戦前後の仙石氏時代に創建されたが、寛保2年(1742)の大洪水により流失した。現在の三の門はその約20年後に再建されたものである。

小諸城 二の門跡

二の門跡

二の門の手前の屈折

小諸城 二の丸

二の丸

二の丸跡石碑には「旧白鶴城という徳川秀忠が関ヶ原合戦に赴く際逗留したところ」とある。

小諸城 北丸

北丸

北丸跡にある弓道場

小諸城 南丸

南丸

南丸のようす

小諸城 黒門橋

黒門橋

本丸と二の丸を隔てる谷に架かる橋

小諸城 本丸

本丸

黒門付近本丸石垣

小諸城 天守台

天守台

かつて三層の天守が上がっていたが、寛永三年(1626)に落雷により焼失し、その後再建されなかった。

小諸城 本丸石垣

本丸石垣

本丸石垣を西側から

小諸城 馬場

馬場

馬場のようす

小諸城 水の手展望台

水の手展望台

水の手展望台からの眺め。千曲川が見える。

小諸城 武器庫

武器庫

文化14年(1817)の建造。廃藩後取り壊され、移築されていたものが城内に復元された。

小諸城 地獄谷

地獄谷

本丸北側の谷。本丸は三方を深い谷に、一方は千曲川の崖に守られる要害。

小諸城 移築城門(光岳寺山門)

移築城門(光岳寺山門)

小諸城の足柄門を移築したもの。当初慶長元年(1596)に建てられたが、寛保二年(1742)の水害で流出し、明和二年(1765)に再建された。

小諸城 移築城門(正眼院山門)

移築城門(正眼院山門)

小諸城の黒門を移築したもの


▼小諸城付近の地図


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▼小諸城が載っている本
▽日本100名城公式ガイドブック

▽よみがえる日本の城(14) 新発田城・松本城

▽Discover Japan 2013年6月号

▽図説江戸三百藩「城と陣屋」総覧(東国編)

▽長野の山城ベスト50を歩く

▽よみがえる名城 漆黒の要塞 豊臣の城

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