大坂城 | 日本の城写真集

大坂城 | 日本の城写真集

大坂城

摂津国大阪府 / 収録写真枚数:312枚

  • 大坂城 大手道
  • 大坂城 大手門高麗門
  • 大坂城 大手門枡形
  • 大坂城 大手門多聞櫓
  • 大坂城 千貫櫓
  • 大坂城 西の丸
  • 大坂城 焔硝蔵
  • 大坂城 乾櫓
  • 大坂城 六番櫓
  • 大坂城 南仕切門跡
  • 大坂城 桜門
  • 大坂城 本丸天守台
  • 大坂城 天守(二の丸から)
  • 大坂城 天守(本丸から)
  • 大坂城 本丸西面・北面
  • 大坂城 本丸東面
  • 大坂城 本丸天守下仕切門跡
  • 大坂城 姫門跡
  • 大坂城 隠し曲輪
  • 大坂城 山里丸
  • 大坂城 山里口門跡
  • 大坂城 玉造口
  • 大坂城 一番櫓
  • 大坂城 青屋門
  • 大坂城 内堀・極楽橋
  • 大坂城 筋鉄門跡
  • 大坂城 京橋口
  • 大坂城 北仕切門跡
  • 大坂城 金蔵
  • 大坂城 三の丸北端石垣
  • 大坂城 旧大和川左岸石垣
  • 大坂城 三の丸石垣
  • 大坂城 真田丸跡
  • 大坂城 大手門続櫓内部
  • 大坂城 大手門多聞櫓内部
  • 大坂城 千貫櫓内部
  • 大坂城 焔硝蔵内部
大坂城の写真撮影スポット紹介

現在大坂城のある地には、もともとは明応5年(1496)に建てられた石山本願寺があった。本願寺は戦国時代には毛利氏と結んで織田信長と敵対した。石山本願寺を城砦化して長期に渡って籠城するが、ついに信長と和睦し、石山本願寺は廃された。
その後、信長の死後に豊臣秀吉が大坂城を築いた。同時に上げられた天守は豪華絢爛で、金箔などで彩られていたと言われる。大坂城は豊臣政権の象徴として存在し、秀吉の死後も、その後継者である秀頼が在城した。
しかし慶長19年(1614)から翌年にかけて、大坂城に籠城する豊臣軍に対して徳川軍が攻撃をかけ、豊臣家が滅ぶとともに、この時大坂城も破壊された。その後、大坂城の再建が行われ、寛永6年(1629)に完成した。現在見る大坂城の縄張りはこの時のものであり、徳川家の大坂城は豊臣家の大坂城の上に新たに築かれた。石垣もより高いものになっていて、三重櫓も12棟建てられた。築城時に天守も再建されたが、落雷により焼失してしまった。
明治維新後には廃城されるが、昭和6年(1931)に市民の寄付によって天守が復興され、現在に至る。この復興天守も1997年に国の登録有形文化財に登録された。

日本三名城、日本百名城。信長の死後に豊臣秀吉が築いたが、天守は豪華絢爛で金箔などで彩られていたと言われる。その後、大坂の陣で城は破壊されるが、江戸幕府により築きなおされる。天守は昭和6年に復興され、現在に至る。

(2008/1/4 作成、2012/12/15 更新、2015/9/21 更新、2017/7/9 更新)

大坂城の写真撮影スポット

当サイト管理人(けいすけ)が全写真を撮影。名古屋城の人気の撮影スポットをご紹介します。

大坂城付近の地図

大坂城が載っている本

日本100名城公式ガイドブック

近畿の名城を歩く 大阪・兵庫・和歌山編

大阪府中世城館事典

豊臣大坂城

大坂落城 戦国終焉の舞台

築城の名手 藤堂高虎

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