大河内城 | 日本の城写真集

大河内城 | 日本の城写真集

大河内城

伊勢国三重県 / 収録写真枚数:25枚

大河内城は伊勢国のほぼ中央に位置する地に建つ城で、東の坂内川、西の矢津川に挟まれた要害に位置した。
応永十年(1403)に伊勢国司三代・北畠満雅が築いたのが城の始まりで、満雅の弟・顕雅が城主となり、大河内氏を称した。大河内氏は国司家三大将として重責を担った。戦国時代になると尾張の織田信長が伊勢に侵攻し、北畠家当主であった具教はこれに対応するため永禄11年(1563)に大河内城に居城を移した。翌年、具教は大河内城で信長の攻撃を迎え撃ち、見事撃退した。
最終的に北畠家は織田信長の子・信雄を養子に迎える条件で和睦し、信雄は大河内城に入ったが、天正3年(1575)に田丸城に移った際に大河内城は廃城となった。

東の坂内川、西の矢津川に挟まれた要害に位置する城。応永十年に伊勢国司三代・北畠満雅が築いたのが城の始まりで、満雅の弟・顕雅が城主となった。戦国時代になると尾張の織田信長が伊勢に侵攻し、北畠具教は大河内城で信長の攻撃を迎え撃ち、見事撃退した。のちに両家は和睦し、織田信雄は大河内城に入ったが、田丸城に移った際に大河内城は廃城となった。

(2013/7/20 作成)

大河内城付近の地図

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