阿尾城は富山湾に面した独立丘陵に築かれた城。海から見ると、城は崖上に位置する。十六世紀末頃に肥後の守護・菊地家一族と伝わる菊地武勝が本拠とした。菊地家は織田信長の勢力が越中に及ぶとその支配下に入り、信長から越中国を任された佐々成政に従った。信長の死後、成政と豊臣秀吉が敵対すると、菊地家は秀吉側の前田利家につき、以降は前田家家臣となった。阿尾城は慶長年間の始めに廃城になった。
富山湾に面した独立丘陵に築かれた城。海から見ると、城は崖上に位置する。十六世紀末頃に肥後の守護・菊地家一族と伝わる菊地武勝が本拠とした。菊地家は織田信長の勢力が越中に及ぶとその支配下に入り、佐々成政、前田利家に従い、以降は前田家家臣となった。阿尾城は慶長年間の始めに廃城になった。
(2012/5/3 作成)