当地は室町時代には葛西氏の領地で、城は葛西氏が築城した。豊臣秀吉の奥州仕置きにより葛西氏は改易され、秀吉の家臣・木村吉清が寺池城に入り、葛西氏と大崎氏の遺領を支配した。しかし直ぐに一揆が発生し、木村氏はその責任により領地没収され、代わって伊達政宗の領地となった。慶長九年(1604)には伊達家家臣の白石宗直が寺池城主に任じられた。白石家はその功の大きさから伊達家を名乗る事を許され、登米伊達家として幕末まで続いた。
当地は室町時代には葛西氏の領地で、城は葛西氏が築城した。奥州仕置きにより葛西氏は改易され、秀吉の家臣・木村吉清が葛西氏と大崎氏の遺領を支配したが、一揆が発生し木村氏はその責任により領地没収され、代わって伊達政宗の領地となった。
(2010/10/3 作成)