皆川城 | 日本の城写真集

皆川城 | 日本の城写真集

皆川城

下野国栃木県 / 収録写真枚数:32枚

皆川城はもとは会津の豪族であった長沼秀宗によって15世紀中頃に築かれた城である。のちに皆川城の城主であった皆川広照は相模の北条家に従っていたが、天正18年(1590)に豊臣秀吉による北条氏討伐が行われると秀吉に降伏し、家名を保った。その後間もなく、皆川広照は栃木城を築き、それに伴い皆川城は廃城となった。
城は山城部分と山麓の居館に分かれる。山城部分は比高80mの山全体を覆うように何段もの帯曲輪・腰曲輪が設られ、その見た目から法螺貝城とも呼ばれている。また規模の大きい竪堀が見られるのも特徴である。居館は土塁で囲まれ、今でも一部の土塁が残る。

会津の豪族であった長沼秀宗によって15世紀中頃に築かれた城。城は山城部分と山麓の居館に分かれる。山城部分は比高80mの山全体を覆うように何段もの帯曲輪・腰曲輪が設られ、その見た目から法螺貝城とも呼ばれている。また規模の大きい竪堀が見られるのも特徴である。居館は土塁で囲まれ、今でも一部の土塁が残る。

(2013/1/15 作成)

皆川城の写真撮影スポット

当サイト管理人(けいすけ)が全写真を撮影。皆川城の人気の撮影スポットをご紹介します。

皆川城付近の地図

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