篠山城は、豊臣家と徳川家が対立していた慶長14年(1609)に築いた城で、家康が大坂城の豊臣家を包囲するために築いたと言われる城である。築城には多くの西国大名が動員される天下普請であった。
篠山城の縄張りは藤堂高虎が行い、きれいな方形をし、三箇所の出入り口には馬出しを設けた造りとなっている。二の丸には御殿が建造され、現在そのうちの大書院が復元されている。
日本百名城。徳川家康が大坂城の豊臣家を包囲するために築いた城である。築城には多くの西国大名が動員される天下普請であった。篠山城の縄張りは藤堂高虎が行った。二の丸には御殿が建造され、現在そのうちの大書院が復元されている。
(2007/7/1 作成、2013/8/31 更新)