周山城は織田信長から丹波支配を任された明智光秀が築いた丹波東部に位置する城である。当時の光秀の領国は近江坂本と丹波に跨り、周山城は坂本と丹波国中心の中間点に位置する重要拠点であった。また、若狭から京都へ抜ける山間の街道を抑える要衝でもあった。
光秀は本能寺の変で信長を倒すが、その後羽柴秀吉に敗れ、間もなく周山城は廃城になったものと思われる。主郭部には今でも明智光秀が築いた石垣が残るなど、見どころの多い城である。
周山城は織田信長から丹波支配を任された明智光秀が築いた丹波東部に位置する城である。当時の光秀の領国は近江坂本と丹波に跨り、周山城は坂本と丹波国中心の中間点に位置する重要拠点であった。城は本能寺の変後間もなく廃城になったものと思われる。主郭部には今でも明智光秀が築いた石垣が残るなど、見どころの多い城である。
(2015/1/25 作成)