鉄門を入ったところ付近から見る本丸外縁部石垣。石垣上に登る石段がいくつか見える。
本丸石垣を鉄門付近から見る。天守台石垣も見える。
遠く見える富士山。地元の方に伺うと毎日見えるので特段意識はしないようだが、外からくるとやはり富士山が見えると嬉しくなる。
鉄門付近から見る本丸のようす
台所曲輪から見る本丸のようす
本丸北側石垣に見える一組の石段。一気に城兵を城壁に登らせて守りを固めることができる。また、階段ごとに登り・下りを分けることもできただろう。
本丸内の北側の石垣に設けられた排水用の暗渠。石垣の外側まで石で造られた水の通り道が通っている。本丸内に降った雨水を本丸内に溜めずに効率よく下に落としたのだろうか。本丸内に水があふれ、石垣内部にも水が溜まると石垣が弱くなってしまう。
本丸櫓跡。天守北に隣接して建つ櫓が明治初年までは存在した。
本丸櫓跡に登る石段。その右には稲荷櫓方向へ下る道があるが、往時は石垣があり本丸櫓が建っていた。大正時代に石垣が取り除かれ通路が設置されているが、かつては人質曲輪であり、その入り口には人質曲輪門があり、門から入ると行き止まりの空間だった。
左に本丸櫓跡、右に天守台がある。その間には稲荷櫓方向へ下る道があるが、往時は石垣があり本丸櫓が建っていた。大正時代に石垣が取り除かれ通路が設置されているが、かつては人質曲輪であり、その入り口には人質曲輪門があり、門から入ると行き止まりの空間だった。ここは平成2年(1990)から3年と10年に全面的に発掘調査が行われ、石垣の一部や瓦が大量に出土し、鯱・金箔瓦も存在した。
天守台から見下ろす本丸のようす。普通は本丸は平らに均されているが、甲府城の本丸には起伏が見られる。本丸御殿は鉄門前付近の平坦な地に建っていたのだろうか。なお本丸御殿は享保年間の大火で焼失してしまった。