大和郡山城 | 日本の城写真集

大和郡山城 | 日本の城写真集

大和郡山城

大和国奈良県 / 収録写真枚数:137枚

大和郡山城は、織田信長の配下で大和国を支配した筒井順慶が天正8年(1580)に築城した城である。その後、天下人となった豊臣秀吉の弟・秀長が天正13年(1585)に入封し、大和・紀伊・和泉計百万石の支配の本拠地として城を拡張した。秀長の死後は養子の秀保、増田長盛が城主となったが、増田長盛は西軍についたてめ、合戦後に一度廃城となった。
その後、大阪夏の陣後に水野勝成が封じられ城主となり、城が再度築かれた。その後、松平氏・本多氏が城主となり、柳沢氏が城主を六代務め幕末を迎えた。
天守台の石垣には地蔵や五輪塔などが用いられており、特に逆さに積み込まれた地蔵は「さかさ地蔵」と呼ばれる。 現在は天守台を始めとする石垣が残る他、城内には追手門、追手向櫓、東隅櫓が再建されている。

織田信長の配下で大和国を支配した筒井順慶が天正8年(1580)に築城した城。その後、天下人となった豊臣秀吉の弟・秀長が天正13年(1585)に入封し、大和・紀伊・和泉計百万石の支配の本拠地として城を拡張した。天守台の石垣には地蔵や五輪塔などが用いられており、特に逆さに積み込まれた地蔵は「さかさ地蔵」と呼ばれる。

(2007/3/1 作成、2012/12/4 更新、2018/9/27更新)

大和郡山城の写真撮影スポット

当サイト管理人(けいすけ)が全写真を撮影。大和郡山城の人気の撮影スポットをご紹介します。

大和郡山城付近の地図

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