金沢城 | 日本の城写真集

金沢城 | 日本の城写真集

金沢城

加賀国石川県 / 収録写真枚数:302枚

金沢城は金沢平野を流れる犀川と浅野川に挟まれた地に築かれている。現在金沢城のある場所には元々尾山御坊があり、加賀国を支配した一向一揆の本拠地であった。
天正8年(1580)には織田信長の部下・佐久間盛政が尾山御坊を攻略し、金沢城主となった。佐久間盛政は柴田勝家に従っていたが、信長の死後の賤ヶ岳の戦いで豊臣秀吉に敗れ、かわりに前田利家が城主となった。
前田利家は秀吉の部下として活躍し、次第に領地を加増され、ついには能登・加賀・越中の100万石を治める大大名として成長し、金沢城はその支配の拠点として機能した。秀吉の死後、利家も間もなく死去し、子の利長が跡を継いだ。利長は家康に従い前田家金沢100万石を存続させ、以降も金沢城はその首都として栄えた。
往時には五重の天守閣があったが、慶長7年(1602)に焼失してしまい、再建されなかった。またかつては敷地内に金沢大学があったが、平成7年(1995)に大学は移転し城跡公園として整備され、現在でも石川門や三十間櫓等の建物が現存する他、菱櫓・河北門・橋爪門続櫓・五十間長屋が復元されており、さらに橋爪門などの復元が進められている。また、城の向かいには大名庭園である兼六園がある。

日本百名城。当地には元々一向一揆の本拠地である尾山御坊があった。信長軍が尾山御坊を攻略し、賤ヶ岳の戦い後に前田利家が城主となり、能登・加賀・越中の100万石を治める大大名の拠点となった。城の向かいには大名庭園である兼六園がある。

(2007/9/19 作成、2014/3/30 更新、2016/9/22 更新)

金沢城の写真撮影スポット

当サイト管理人(けいすけ)が全写真を撮影。金沢城の人気の撮影スポットをご紹介します。

金沢城付近の地図

Page Top